親と子の本棚

大切な夏休み

子どもには本好きになってほしいけれど、どう選べばよいかわからない……。そんなときはこちらの「本棚」を参考にされてみてはいかがでしょうか。

おばあちゃんの部屋の女の子の絵

『海のアトリエ』より

もう8月が終わる。子どもたちは、どんな夏休みを過ごしただろうか。
堀川理万子の絵本『海のアトリエ』には、「わたし」のおばあちゃんが子どものころの夏休みの出来事が描かれている。おばあちゃんの大切な思い出だ。

 

おばあちゃんの部屋のかべには、女の子の絵がかざってある。
古い絵だけれど、ぱっちりひらいた目が、まっすぐこっちをむいている。
「おばあちゃん、この子はだれ?」ってきいてみた。
そしたら、おしえてくれたの。「この子は、あたしよ」って。びっくりしたなあ。
「おばあちゃんだったのか。どこかであったことがある子みたいだなって思ったよ」
「ちょうど、あなたくらいの年だったわ」「だれが描いたの?」

おばあちゃんは、「その絵を描いてくれた人のこと、話してあげようか」といって語りはじめる。おばあちゃんには学校に行けなくなった時期があって、夏休みも家に閉じこもっていた。すると、その人がさそってくれた。――「わたしのところに、ひとりであそびにおいで」その女の人は、おばあちゃんのおかあさんの昔からの友だちで、絵描きさんだ。海のそばの家で、ひとりで絵を描いて暮らしている。その人のところへ行った日の晩ごはんのときには、「ようこそ、海のアトリエへ!」と乾杯してくれた。
つぎの日、アトリエのすみのベッドで目をさますと、すっかり明るい部屋のなかで、その人が逆立ちをしている。――「そのまま、にっこりわらって、『おはよう』っていうんだもの。毎朝、1日のはじまりに、世界をさかさまに見てるんだって」おばあちゃんは、その人と逆立ちの練習をしたり、ごはんを食べたり、海に行ったり、絵を描いたりして、1週間、そこで暮らしたのだ。

体をたおして、目をこらして

『海のアトリエ』は、子どものころのおばあちゃんの夏休みを描いた絵本だけれど、宮川ひろ・永田治子の絵本『文字のない絵本』でも、おばあちゃんが子ども時代を語る。
まなみは、おばあちゃんといっしょに絵本を読むのが好きで、図書館へも、おばあちゃんと行く。でも、おばあちゃんは、「わたしはね、こどものころに 本を よんだことがないままに、大きくなってしまったのよ。」という。おばあちゃんが育った昔の山の村では、うちにも学校にも子どもの本など1冊もなかったのだ。――「でもね、字のない 大きな 絵本を よんできましたよ。」
おばあちゃんが話したのは、2年生になる春休みに、6年生になる兄ちゃんとふたりで畑に麦ふみに行ったことだ。秋にまいた麦の種は、芽を出して、そこに雪が積もっても生きている。けれど、凍った土が浮き上がっているから、麦の芽の上からふんで、土を落ち着かせる。麦は、わらぞうりを脱いだ素足でふむ。麦の芽は、やわらかくて、足の裏をくすぐる。――「そうしたら、兄ちゃんがね、『この くすぐったいのが 春だぞ』だって。」くすぐったいのをこらえて、どんどんふんで、一休みの時間になった。

むしろの 上に こしを おろすと、兄ちゃんは からだを たおすように して、とおくを みつめてね、
「いい ものが みえてる。」って いうの。
「いい ものって?」

兄ちゃんのまねをして、体をたおして、目をこらすと、「あ、ちらちらと 白く ひかる ものが みえる。」大きな声をあげた妹に兄ちゃんがいう。――「な、な、あれが かげろうよ。」これが、おばあちゃんの見た、文字のない大きな絵本だったのだ。

てんぐの研究

『海のアトリエ』には、絵描きさんという大事な人に出会った夏休みが描かれていた。広瀬寿子『走れ! 飛べ! 小てんぐ三郎』に書かれているのも、特別な夏休みだ。
去年、東京から長野市に引っこした修から、宏平にファクスが送られてきて、すぐに電話もかかってくる。――「春におじいさんが亡くなったあと、へやをかたづけてたら、てんぐの本が出てきて、その中に、今送った写真なんかがはさまってたわけ。」修は、てんぐの研究をはじめたらしいのだが、夏休みになったら、修の家からバスで1時間ほどの戸隠山に行こうとさそう。そこには、かつては、てんぐがいたという。戸隠には、修の95歳になる、ひいおばあさんが住む家もあるのだ。宏平も大喜びだ。

今月ご紹介した本

『海のアトリエ』
堀川理万子
偕成社、2021年
絵描きさんとおばあちゃんは、おたがいの顔を描くことになる。――「絵描きさんが描いたあたしは、きたいしたほどは、かわいくなかったけど、だれでもない、ここにしかいない、あたしだっていう感じがした」アトリエでの最後の日には、描いた絵を全部、壁にはって、パーティーをする。

『文字のない絵本』
宮川ひろ・作、永田治子・絵
ポプラ社、2003年
2018年に亡くなった、私の母の自伝的な絵本。母は、130冊ほどの本を書いた児童文学作家だった。兄ちゃんは、「ゆきが きえて 春に なると、(中略)土の こころが もえてるのさ、それが かげろうだよ。」「その もえたつことをな、『きぼう』って いうんだぞ。」ともいった。兄ちゃんは、私の伯父ということになる。小さい妹に「きぼう」ということばを教えた少年は、太平洋戦争末期、南方の戦線で遺骨も帰らないような戦死をした。数え年27歳だった。
この本は、現在、品切れ。図書館でさがしてください。

『走れ! 飛べ! 小てんぐ三郎』
広瀬寿子・作、久住卓也・絵
あかね書房、2001年
修と宏平が、ひいおばあちゃんの家の納戸の押し入れの奥のとびらを開けて外に出ると、ふたりは、急にどこかへ連れ去られる。気がつくと、そこは雑木林で、目の前に飯綱三郎と名のる少年がいた。それは、てんぐの名前だ。

プロフィール

宮川 健郎 (みやかわ・たけお)

1955年東京生まれ。立教大学文学部日本文学科卒。同大学院修了。現在、武蔵野大学名誉教授。大阪国際児童文学振興財団理事長。日本児童文学学会会長。『現代児童文学の語るもの』(NHKブックス)、『子どもの本のはるなつあきふゆ』(岩崎書店)、『小学生のための文章レッスン みんなに知らせる』(玉川大学出版部)ほか、著書・編著多数。

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