ブックトーク

『親指こぞうニルス・カールソン』

世代を超えて読み継ぎたい、心に届く選りすぐりの子どもの本をご紹介いたします。

しーんとした子どもの心、 不思議が起こるのはひとりでいるとき

アストリッド・リンドグレーン 作/大塚勇三 訳/イロン・ヴィークランド 絵/岩波書店 ※版元品切れ

この本に収められた短編には、普通の子どもたちと異界の住人(こびとであったり、妖精であったり、はたまた魂をもった人形であったり)との思いがけない邂逅(かいこう)を描いているという共通点があります。魔法は、子どもがひとりきりでいるときに、何の前触れもなく、あっさりと訪れ、そこに過剰な演出はいっさい見られません。

平たんな語りは、しかし、大小様々な事情を抱えた子どもたちの孤独を喚起するかのように、読者の想像力を拡充させます。孤独であると同時にとてもやさしい主人公たち。だからなのか、ふわりと物語に浸っていると、ふいに胸を締めつけられるようなせつなさが胸に流れ込んでくる瞬間がありました。ひとつずつお話を読み終えるごとに、目の奥に残る小さな光の粒は、不純なものに取り込まれない主人公たちの心の内にある“善きもの”の残像なのかもしれません。

表題作の「親指こぞうニルス・カールソン」では、工場で働く両親の帰りを待つ少年ベルティルの様子がこんなふうに語られます。

ベルティルは寒くて、ぶるっとふるえました。部屋のすみずみはうす暗くなってきましたが、ベルティルは、火をつけたってしようがない、とおもいました。だいたい、やれるようなことなんて、なにもありません。なにもかにも、おそろしくかなしかったので、ベルティルは、しばらくベッドに横になって、いったいどれほどかなしいか、よくかんがえることにきめました。

この直後に、ベルティルは、「親指こぞうニルス・カールソン」と出会います。それは、寂しかったベルティルの日常が一変するうれしいできごとでしたし、親指ほどの「ニッセ(ニルス・カールソンのこと)」と同じ大きさになれる呪文を教えてもらったベルティルが、マッチ棒をたきぎにしたり、フランネルの端切れをかけぶとんにしたりと、ニッセの小さな家をせっせと居心地よく整えていく工程も、もちろん読んでいてわくわくするところなのです。にもかかわらず、子ども時代の自分へ遡って私の心が広がっていくような感覚が生じたのは、「いったいどれほどかなしいか、よくかんがえることにきめ」た、という主人公の暗い決意の場面の方でした。  

周囲のできごとのみならず、自分なりの考えや想像にもひとつひとつ目を凝らさずにはいられないやっかいな幼い瞳。“感受性”という言葉から溢れ出た少し不穏な懐かしい何かを思いだします。ベルティルだけでなく、「うすあかりの国」を目指して空を飛ぶ、自らの足で歩けないヨ―ランも、「ミラベル」という名の愛らしいお人形を手にしたブリッタ=カイサも、みんな、丁寧にものごとを見ています。そして、じっと考えるのです。悩みの只中にいても、美しいものに心浮き立っても、悲しい気持ちに打ちひしがれそうでも。その、真摯でやさしい姿に、どうしても目を奪われてしまいます。

幼い人たちは、自力でどこへでも行けるわけではありません。だけど、こんな物語を通してなら、別の世界との接点を容易に手中にできるでしょう。それは、おそらく、他者(=作者)の言葉、あるいは異国の言葉で書かれたものに、支えられ励まされる経験として、彼らの記憶に刻まれるはずです。荒涼とした現実の向こうに新生の物語を見たこの本の主人公たちと同様に、子どもたちは、いつも温かいものに触れていたいのですから。スウェーデン生まれの作家リンドグレーンによるこの一冊が、そんな思いに静かに寄り添ってくれると信じます。

プロフィール

吉田 真澄 (よしだ ますみ)

長年、東京の国語教室で講師として勤務。現在はフリー。読書指導を行いながら、読む本の質と国語力の関係を追究。児童書評を連載するなどの執筆活動に加え、子どもと本に関する講演会なども行う。著書に『子どもファンタジー作家になる! ファンタジーはこうつくる』(合同出版)など。

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