ブックトーク

『きんいろのとき』

世代を超えて読み継ぎたい、心に届く選りすぐりの子どもの本をご紹介いたします。

きんいろの秋

アルビン・トレッセルト 文/ロジャー・デュボアザン 絵/江國香織 訳/ほるぷ出版

夏の終わりに、いつもそこはかとなく懐(いだ)く焦燥感。それはたぶん、とくだん、新たな体験もないまま、暑かった季節の終焉(しゅうえん)を迎えるからなのかもしれません。けれども、ひぐらしが鳴き、空が高くなって、澄んだ外気の中にキンモクセイの香りが漂い始めると、そうした夏の呪縛から解き放たれるのです。だって秋は、ゆるがせにできないことがらで満ちているから。そんな秋の快さ――入り口から冬の始まりまで――を描いたのが『きんいろのとき』です。

おそい夏の 夕方、
きりぎりすが なきはじめます。
きりきり きりかり きりきり きりかり
木のうえで、やぶのなかで、草のうえで。

ふるくからの いいつたえです。
「霜がおりるまで あと 6週間」

さあ、秋のさいしょの つめたい空気が
夏の夜に そっとふれます。

きりぎりすが鳴きはじめたら6週間で霜がおりる、という言い伝えは知らなくても、晩夏に「秋のさいしょの つめたい空気」をとらえたある瞬間をわたしは思い出します。それは、普遍的な感覚といっていいはずのものなのだけれど、なぜか、また同じ季節がめぐってくるまで、すっかり忘れてしまっているのです。「かがやかしい 秋の日ざしのなかに」響く「子どもたちの わらい声」も、「葉っぱから たちのぼる、気持ちよく ぴりっとしたにおい」も知っています。覚えています。だから毎年、なつかしさを覚えるのでしょうか。その感覚に訴えてくる言葉が秀逸です。かと思えば、私の身辺では耳慣れない「だっこく機」の音や、「まるまるふとったどんぐりが 雨のように」落ちてくるといった、縁遠い光景も、その語りが想像を広げます。ページをめくっていて、殊に目を引くのが、たわわに実ったリンゴの赤と黄葉のレモンイエローです。赤と黄色は、青く澄んだ空の下では抜群に映えて、華々しく野山を飾り、精彩を放つ秋のにぎわいを伝えます。

この本は、ロジャー・デュボアザンとアルビン・トレッセルトによる共作です。このコンビは、『しろいゆき あかるいゆき』で1948年のコ―ルデコット賞を受賞しています。トレッセルトのみずみずしい詩人ならではの文章が、雪の降り始めから、やがて温かな空気とともに溶けていく春の兆しまでを、しっとりと、正しく描写し、一方、灰色を基調に雪の白を際立たせたデュボアザンの絵は、フィルム映像のように古雅な画面をつくりだしています。『きんいろのとき』と並べてみると、同じ創り手の作品とは思えないほどテイストが異なります。秋と冬、輝く実りの季節と静謐(せいひつ)な雪景色、筆致も色も、そして構図も判然と描き分けています。しかし、ひとたび本を開けば、どちらもトレッセルトによる繊細で具体的な語りが、読者を寛がせてくれるのです。

季節が移れば、人々の暮らしも娯楽も、穏やかに変化するもの。その営みが切れ目なく、これまでも、これからも続いてきた(続いていく)平安はもちろん、短いテキストのなかで、はっとするほど鮮やかに時間の経過を感じさせてくれます。自然現象とひとくちに言っても、私たちが五感でとらえるものは複雑多岐にわたります。それらを丁寧に描写することで、誰もが体験し想像できるその季節ならではの喜びを封じ込めた一冊です。

プロフィール

吉田 真澄 (よしだ ますみ)

長年、東京の国語教室で講師として勤務。現在はフリー。読書指導を行いながら、読む本の質と国語力の関係を追究。児童書評を連載するなどの執筆活動に加え、子どもと本に関する講演会なども行う。著書に『子どもファンタジー作家になる! ファンタジーはこうつくる』(合同出版)など。

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