ブックトーク

『ナゲキバト』

世代を超えて読み継ぎたい、心に届く選りすぐりの子どもの本をご紹介いたします。

「正直」を手放さずに生きる

ラリー・バークダル 作/片岡しのぶ 訳/あすなろ書房

主人公は、祖父との思い出を穏やかに語ります。それなのに、ひりつくようなせつなさから読者は逃れられません。慎ましく善良な祖父とその孫が、どうか無事に生活を全うできますように、という祈りにも似た強い思い。それが、いつしか、物語を先へ読み進める牽引力ともなっていました。

ハニバルは9歳の男の子。両親は交通事故で亡くなり、祖父ポップにひきとられます。十数年前、初めてこの物語と出会い今回再読するまで、ずっと記憶に残っていたポップの言葉がありました。並んで釣りをしながら、ハニバルはポップに尋ねます「魚って、捕まえられると痛いの?」。するとポップはこんなふうに答えるのです。「わしら人間は、苦しんでいる者が出す音の量で苦しみの量をはかるんだね。もしも魚が痛がって泣き叫ぶとしたら、釣りをする人間の数はずっとへるだろう」。

120ページあまりにわたる物語は、ハニバルとポップのこうした会話を軸に進行します。ポップの言葉に救われたいハニバルの不安や危惧(きぐ)は、しかし、ときに、どれほど後悔してもやり直せない出来事にまで及びます。題名にもなった「ナゲキバト」の一件もそうでした。散弾銃で動物をしとめたいと強く欲するハニバルは、ポップに嘘をついて、二羽のヒナを抱えた母鳥(ナゲキバト)を撃ち殺してしまいます。撃ってしまってから、ことの重大さに恐れ、おののくハニバルに、ポップは、二羽のヒナのうちどちらか一羽を選んで殺すよう毅然(きぜん)と言い放つのです。父親バトだけで二羽のヒナを育てることはできない。「一羽を生かすためにはもう一羽を殺すしかない」のだと。

人生には無数の選択肢と可能性があります。しかし、時間を巻き戻せない限り、取り返しのつかないこともあるのです。できることとできないこと、責任をとるとはどういうことなのか。ポップが語るのは、ときに自身の経験であり、ときに神についてであり、またときに幼いハニバルを戒める言葉であったりします。自己嫌悪に涙を流し、うちのめされるハニバルに、ポップが示すゆるやかな指針。しかし、最後にポップの秘密が明かされたとき、わたしたちは知るのです。償えない過去に懺悔(ざんげ)し、与えられた命を生き抜かねばならないポップの真実を。

「小さな悲しみは口に出せるが、大きな悲しみは口をつぐむ」とは、ストア派の哲学者セネカの言葉ですが、固く結ばれた唇を開き、自身の過去を孫へ伝えたポップの人生を賭けた壮絶な優しさに、わたしの心は静かに揺さぶられました。逃れようとしても、過去は常にわたしたちの内に存在し、優しさは過酷な人生を決して救えはしません。しかし、それでも、ポップは、周囲の虐げられた者や生きものすべてに心をこめて接します。死を知っている彼は、充分に生きる必要があるからです。愛することは信じることだと深く理解しているからです。そのことに、わたしは力づけられます。生きていると何とかしなければならないことばかり。それでも生きる限り学び続けなければならないわたしたちではありませんか。

「おまえの<正直>を手放すんじゃない」とハニバルを諭したポップの透徹(とうてつ)した静かなまなざし。これは小説の姿を借りた哲学書なのか、と独りごち、しかし、ひたひたとしみこんでくるのはまぎれもなく物語だったと、読み終えて嘆息(たんそく)します。そして、説明のつかない寂しさが、わたしの心のなかをふっと通り過ぎていきました。いつしかハニバルはわたしに、わたしはハニバルになってポップの声を聴いていたのです。美しく響く彼の声を。

プロフィール

吉田 真澄 (よしだ ますみ)

長年、東京の国語教室で講師として勤務。現在はフリー。読書指導を行いながら、読む本の質と国語力の関係を追究。児童書評を連載するなどの執筆活動に加え、子どもと本に関する講演会なども行う。著書に『子どもファンタジー作家になる! ファンタジーはこうつくる』(合同出版)など。

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