親と子の本棚

「共感」への道すじ

子どもには本好きになってほしいけれど、どう選べばよいかわからない……。そんなときはこちらの「本棚」を参考にされてみてはいかがでしょうか。

きれいなピンク色の空

『おれは女の子だ』より

本田久作『おれは女の子だ』の「おれ」の名前は豊田すばる、小学3年生だ。
いろいろなことのはじまりは、2時間め図画工作の時間だった。光岡先生が「今日は空の絵をかきましょう」という。朝でも昼でも夜でも、いつの空でもいいし、まだ見たことのない空想の空でもいい。絵が得意で、きれいなものが好きな「おれ」は、「砂漠の・空想の・まっ昼間の空をかく」と決める。「おれ」は、地面とラクダをかき、太陽を二つかく。砂漠は暑いからだ。

 

 太陽が黄色で、(太陽の―宮川注)炎がオレンジだから、空はピンクにしよう。
 そう決めて、おれはピンクのクレヨンをガシガシ動かした。ピンク色の空が画用紙のうえにひろがっていく。
 これは空想の空だけれども、ほんとうにこんな空があるみたいだ。
 そしたら、となりの席の鈴木がおれの絵を見て、「ヘンなの」と言った。

「おれ」は、「ヘンじゃないよ」といい返すけれど、鈴木は、「ヘンな絵だ」といいつづける。おまけに、「空がピンクなんてヘンだ」「ピンクなんて女の子みたいだ」「やーい、やーい、女の子」といい出す。

 おれはめちゃくちゃ頭にきた。
 だけど手をだしたら、ねえちゃんたちにしかられる。
 だから、言ってやった。
「そうだよ、おれは女の子だよ。もんくあんのか」

想像力の仕事

クラスの女の子の日野は、「あたしは豊田くんの味方だからね」「だから、豊田くんが女の子になるんだったら、なっていいよ」という。家の大きいねえちゃんは、自分のピンク色のシャツを「かしてあげるから、明日、学校に着て行っていいよ」といい、ねえちゃんたちや母ちゃんに「似合う、似合う。」「かわいい」「おれは女の子だって断言したんだったら、女の子にならないとヒキョーだよ。」などいわれて、「おれ」は、ピンク色のシャツで登校することになる。しかし、女の子の気もちになるのは、むずかしい。「おれ」は、学級委員の川崎ヒミコにひどいことをいってしまう。
インターネットで、『おれは女の子だ』の版元の担当編集者(井出さん)が、この作品を「エンパシー」ということばで語っている記事を見つけた。「エンパシー」とは「共感」という意味かと考えて、『大辞林』第四版で「共感」を引いてみると、説明の2番めと3番めに「②〘心〙〔sympathy〕他人の体験する感情を自分のもののように感じとること。③〘心〙〔empathy〕 →感情移入」とあった。「シンパシー」も「エンパシー」も心理学の用語で、「シンパシー」が「自分のもののように感じとる」共感であるのに対して、「エンパシー」は、他者の立場になっての共感のことのようだ。なかなかむずかしい想像力の仕事である。
村上しいこ『みんなのためいき図鑑』の「ぼく」は4年生、昼休みに、同じ班のメンバーで保健室登校の加世堂さんをたずねる。――「こんなに元気やのに、どうして教室にこられないのかなぁ。」「ぼく」の加世堂さんへの共感の想像力はひらかれるのか。
この日は、加世堂さんがノートに落書きしていた「たのちんの、ためいきこぞう」の絵をもらってくる。「たのちん」は、学校のみんなが(先生も)「ぼく」のことを呼ぶ呼び名だ。ほんとうは、田之上嵐太。加世堂さんが「たのちんの、ためいきから生まれたんや」といってかいた絵だった。

スコットランドの男性たち

『おれは女の子だ』の「おれ」が川崎ヒミコにひどいことをいって、泣かせてしまった話は、ねえちゃんたちや母ちゃんを憤慨させ、「反省しなさい」といわれる。大きいねえちゃんは、「すばるにほんとうに女の子になってもらうの。その川崎さんって子の気持ちがわかるように」といって、「おれ」にスカートをはかせて、学校へ行かせる。母ちゃんまでが「それはいいわね」といったのだ。
奥田実紀・穂積和夫の絵本『すてきなタータンチェック』には、スコットランドの町のようすが描かれる。――「町を歩いていると、ほんとうによくタータンのスカートをはいた紳士に出会いました。このようなはき物は〝キルト〟といい、スコットランドの男性の正装にはかかせないものでした。」
スカートをはいて登校した『おれは女の子だ』の主人公をむかえた光岡先生は、社会の時間にプリントをくばる。――「これはスコットランドという国の写真です。うつっているのはスコットランド人のおとなの男の人です」「スコットランドでは男の人もスカートをはくのよ。みんな、どう思う?」

今月ご紹介した本

『おれは女の子だ』
本田久作・作、市居みか・絵
ポプラ社、2021年
光岡先生の「どう思う?」に、松田くんが「ヘンだ」という。――「スカートは女の人がはくものだからです」クラスのなかで、「おれ」のスカートのことは、どうなっていっただろう。

『みんなのためいき図鑑』
村上しいこ 作、中田いくみ 絵
童心社、2021年
たのちんたちのクラスでは、班ごとに「オリジナル図鑑」を作ることになる。出来上がったら、参観日に披露するという。親たちの仕事をしらべる『おしごと図鑑』、飼っている動物の『ペット図鑑』……、みんなからの頼まれごとが多くて、ためいきをつきがちの、たのちんは、『ためいき図鑑』を思いつく。みんなが、どんな理由でためいきをつくのか。加世堂さんの「ためいきこぞう」の落書きがヒントだった。
たのちんは、絵のうまい加世堂さんに図鑑の絵をお願いしようと考えるが、同じ班の小雪の思わぬ反対に合う。教室に来ない、班会議にも出たことのない加世堂さんには頼めないというのだ。

たくさんのふしぎ傑作集
『すてきなタータンチェック』

奥田実紀 文、穂積和夫 絵
福音館書店、2021年
小さいころから「チェック柄」が好きだった著者は、やはり、子どものころからの愛読書の『赤毛のアン』の舞台であるカナダのプリンス・エドワード島に滞在したときに、美しいタータン・チェックの布地に出会う。イギリスと関係が深いはずのタータンがどうしてカナダで作られているのか。タータンの歴史をめぐる旅がはじまる。

プロフィール

宮川 健郎 (みやかわ・たけお)

1955年東京生まれ。立教大学文学部日本文学科卒。同大学院修了。現在、武蔵野大学名誉教授。大阪国際児童文学振興財団理事長。日本児童文学学会会長。『現代児童文学の語るもの』(NHKブックス)、『子どもの本のはるなつあきふゆ』(岩崎書店)、『小学生のための文章レッスン みんなに知らせる』(玉川大学出版部)ほか、著書・編著多数。

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