ブックトーク

『大どろぼうホッツェンプロッツ』

世代を超えて読み継ぎたい、心に届く選りすぐりの子どもの本をご紹介いたします。

愛すべき大どろぼう

オトフリート・プロイスラ- 作/中村浩三 訳/偕成社

まずは、ハンドルをまわすと音楽を奏でるコーヒーひきと、生クリームたっぷりのプラムケーキ、それから、バケツ六杯ぶんのジャガイモと、悪党の大魔法使い――その名もペトロジリウス・ツワッケルマン。子どもたちにこの本を薦めるなら、これらのディテールをほんの少し紹介するでしょう。だって、こうして羅列しただけでも、わくわくするし、謎めいてもいるからです。幼い読者は、リアリティとサスペンスを求めて新しい本のページをめくります。その期待に充分応えてくれる一冊だということを、魅力的なディテールがきっと伝えてくれるでしょう。お話の筋は忘れてしまっても、こうした好奇心をそそる小道具(呪文みたいな名の脇役も)は、ずっと記憶に残り続けるものです。そして、読み終えた子どもたちが、また同じように別の誰かを物語に誘うかもしれません。

表紙には不敵な面構えの大どろぼうが描かれますが、裏表紙には気立ての良さそうな男の子二人の姿があります。カスパールとゼッペルです。それぞれがドイツの伝統的な帽子をかぶっているのに注目しましょう。カスパールは赤いとんがり帽子、ゼッペルは緑色のチロル帽子です。小学生だったわたしは、この本ではじめて「チロル帽子」を知ったのですが、挿絵で確認する限り、どうしても「チロル帽子」が「とんがり帽子」に見えてしまい、混乱しました。なにしろ、ゼッペルがかぶる「チロル帽子」は、先がとがった三角形をしているのです。片や、「とんがり帽子」は、やわらかいナイトキャップのよう。この二人の帽子は、お話の鍵を握る重要なアイテムですので、どちらがどの帽子をかぶっていたかを覚えておきましょう。

大どろぼうと魔法使いをむこうに回して知恵をしぼり、成功をひきよせていく少年二人の活躍が目覚ましいのは言うまでもありませんが、やはり、どうしても悪役たちの存在感と際立ったキャラクターの妙に心が引き寄せられます。「大どろぼうホッツェンプロッツ」は「かぎばな」で、黒いひげをもじゃもじゃとはやし、ひとふりのサーベルと七つの短刀で武装しています。とはいえ、盗んだものは「歌を演奏するコーヒーひき」でしたし、思いこみだけで暴走する単純な男でもあります。見かけの恐ろしさや乱暴な脅し文句に似つかわしくない脇の甘さが、彼の悪事の足をひっぱります。奇怪な容姿の「大魔法使いペトロジリウス・ツワッケルマン」は、「どえらい魔法使いで、人間をどんな動物にかえることも、どろんこから黄金をつくることも、やすやすとやってのけられる」のに、ジャガイモの皮を魔法でむくことだけはできないのです。魔法使い特有の長い円錐形の帽子には、目玉が無数に描かれていて気持ち悪いし、象形文字を模したような刺繍のマント(これは空飛ぶマントでもあるのです)も異様なのに、律儀にエプロンをつけて、その不気味な姿のまま、ジャガイモの皮むきという「やっかいなしごと」に取り組みます。一日中、食べ続けても飽き足らないほど、ジャガイモが好きだからです。

この本を気に入った子どもたちは、『大どろぼうホッツェンプロッツふたたびあらわる』、そして、『大どろぼうホッツェンプロッツ三たびあらわる』へと、ぐんぐん読み進めていきます。そして、こんなふうにわたしに尋ねるのです。「ねえ、ホッツェンプロッツは、四たびはあらわれないの?」と。残念ながら、ホッツェンプロッツは、「三たび」までしか登場しません。この軽やかなドイツのお話が邦訳されて55年。きっとたくさんの幼い読者たちが同じ質問を繰り返したはずです。堅苦しさや、小難しい理屈など一切なし。セリフ回しの生きのよさも楽しい冒険物語です。

プロフィール

吉田 真澄 (よしだ ますみ)

長年、東京の国語教室で講師として勤務。現在はフリー。読書指導を行いながら、読む本の質と国語力の関係を追究。児童書評を連載するなどの執筆活動に加え、子どもと本に関する講演会なども行う。著書に『子どもファンタジー作家になる! ファンタジーはこうつくる』(合同出版)など。

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