ブックトーク

『ペニーさん』

世代を超えて読み継ぎたい、心に届く選りすぐりの子どもの本をご紹介いたします。

動物と暮らす幸せ

マリー・ホール・エッツ 作・絵/松岡享子 訳/徳間書店

白黒の絵を取り囲むような赤い表紙に、まずは目を引かれます。微笑をたたえた口元にパイプをくわえ、こちらを見つめる男の人は、主人公の「ペニーさん」です。柔和なのに無骨なたくましさをにじませた濃厚な存在感。ちょっと不思議な笑顔です。表紙をめくったら、朱赤がさらに鮮やかで、左側の見返しでは、ペニーさんを中心に勢ぞろいした動物たちが記念撮影にいそしんでいます。それぞれが気ままに、のんびりと暮らしている物語の全体像もうかがえて、すてきな一枚です。

『ペニーさん』は、1935年にアメリカで出版されたマリー・ホール・エッツのデビュー作。それを知ったとき少なからず驚いたのは、どこかひかえめで、それでも静かに人生を肯定するエッツならではの世界観が、すでに完成されたかたちでこの絵本に描かれていたからです。『もりのなか』、『海のおばけオーリー』など、モノクロの線のみで描かれた絵は、すっきりと整った画面だからこそ、登場人物たちの表情が、読者の心の奥まで静かに入ってきます。『ペニーさん』も、最初から最後まで、白地に黒一色で描かれますが、動物たちの躍動が、強い黒色の背景によって際立って見え、画面を立体的にしています。そして、版画のようにエネルギッシュな美しさがあります。

物語は、登場人物の紹介からスタートです。年老いて貧乏なペニーさんは、壊れそうな古い小屋で、5匹の動物と2羽の鳥たちとともに暮らしています。動物たちは、個性的におもしろく書き分けられていますが、馬のリンピーは、ペニーさんに競馬ウマのような包帯をまいてもらうために、(本当は)悪くない右足をひきずっていましたし、きれいな目をした雌牛のムールーは、食べ物を何度もかむことをめんどうくさがりましたので、ミルクが少ししか出ませんでしたし、オンドリのドゥーディは目立ちたがり屋で……というぐあいに、みな、あまり協力的ではありません。それなのに、彼ら動物たちはむっちりと丈夫そうです。一方、「家族なしに、どうやってやっていけよう?ふたりとして同じ者はおらんのだし、どのひとりも手ばなすことはできん。……」と大らかな愛で家族――動物たちです――を包み、彼らを養うために懸命に働くペニーさんは、動物たちをありのままに受け容れる健やかな人物です。

そんなペニーさんの温情を裏切るように、身勝手なふるまいで、動物たちがある事件を引き起こすのですが、その解決への過程で、彼らは相手を思いやる本当の家族になっていきます。続編の『ペニーさんと動物家族』では、馬のリンピーが大活躍。農業祭への参加が上手くいったうえに、全員が憧れの観覧車に乗れて大はしゃぎです。さらに『ペニーさんとサーカス』へとお話は引き継がれますが、どれも文章の分量が多く、かなりの読み応えです。ただ、お話は複雑ではありませんので、幅広い年齢層の子どもたちが楽しめるシリーズだと思います。

自然や動物との共生、とひとくちに言っても、さまざまな描き方があるでしょうし、実際、このテーマで絵本を創作する作家は少なくないでしょう。エッツの作品は、ダイナミックに自然美をたたえるのでもなく、動物と人間の関わりをドラマティックに語るのでもありませんが、他者(=動物)がいてこその己の人生、といった堅調なメッセージの底流を感じます。丸顔の質実な農夫ペニーさんと、愛される幸福で満たされた動物たち。互いを必要とし合いながら善良に生きる姿に読者の心も和みます。

プロフィール

吉田 真澄 (よしだ ますみ)

長年、東京の国語教室で講師として勤務。現在はフリー。読書指導を行いながら、読む本の質と国語力の関係を追究。児童書評を連載するなどの執筆活動に加え、子どもと本に関する講演会なども行う。著書に『子どもファンタジー作家になる! ファンタジーはこうつくる』(合同出版)など。

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