ブックトーク
『ゆかいなホーマーくん』
2022.5.12
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世代を超えて読み継ぎたい、心に届く選りすぐりの子どもの本をご紹介いたします。
風変わりでゆかいな事件の数々
ここには、センターバーグというアメリカの小さな町でのできごとが6つおさめられています。初版は1943年、はじめて日本で紹介されたのは1951年ですから、背景となる社会風俗も、登場人物の言舌も、少し古めかしく感じて最初はとまどうかもしれません。でも、ひとつめのお話「ものすごい臭気事件」を読み終えるころには、きっと、この町に住む人々の陽気な善良さに魅せられているはずです。
さて、その「ものすごい臭気事件」とは、どんな事件だったのでしょうか。「ものすごい臭気」の正体、それはスカンクです。危険を察知すると同時に噴射される刺激臭が、むろん彼らの最大の武器。幼い人たちにだって、この動物の特異体質は周知されているでしょう。北アメリカを舞台にした小説には頻繁に登場するスカンクですが、いくつかの物語を読めば、彼らが思いのほか賢い種族だとわかります(そして図鑑や映像を確認すれば、意外に愛らしい姿をしていることもわかります)。このお話でも、しつけられたとおりに振舞うスカンクのサポートのおかげで、まんまと強盗撃退を遂げた主人公の少年ホーマーくんです。彼が、スカンクに「アロマ(よい匂い)」と名づけるのもおもしろいところです。
マンガや映画で人気のスーパーマンが町にやってくるお話(「大宇宙漫画」)では、スーパーマンが乗ってきた豪勢で真っ赤な自動車もなんのその、老馬ルーシーのひと踏ん張りが、派手でちょっぴり情けないヒーローを救います。そして三つめのお話が、表紙にも描かれている「ドーナツ」です。食堂を営むホーマーくんのおじさんは、「すこしでも労力をはぶく仕かけにはすぐとびつくという弱点」をもっている人でした。自動パン焼き機、自動コーヒーわかし機、それから自動ドーナツ製造機など、店には最新式の省力機器が備えつけられていたのですが、ある日、ドーナツ製造機が止められなくなってしまったから大変です。「時計がカチカチいうのとおんなじように規則ただしく」揚げられるドーナツと、あわてふためく人間たち。
挿絵を見れば、そのドーナツの数は想像を越えていて、読者はあっと驚くばかりです。おまけに、ドーナツの生地のなかに高価なダイヤの腕環を落としたと案ずるご婦人まで現れ、騒動は大きくなるばかりなのでした……。
あたふたと右往左往する人々をコメディ仕立てで描く一方で、押し寄せる機械化文明への抵抗や、古き良きものへの敬意を底流させています。最終話「進歩の車輪」では、大量生産方式で家まで建設しますが、「まるでドーナツを百ならべたように」似ていたため、住人たちは自分の家の場所すらわからなくなってしまうのです。利便性を追求した結果、人間の営みは画一化されていきます。その危うさと滑稽さを、時に皮肉をこめてユーモラスに語るのです。物語を牽引するのは他でもない町に暮らす人々。主人公のホーマーくんは、現実的で気転が利く少年ですが、変わり種ばかりの大人たちに囲まれると、彼が一番まともにさえ思えます。そんな個性的な登場人物たちは、ブルジョアも商人も、署長も風来人も、争いさえいとわず同格に議論し、おのおのが自分の方式で生きています。そして、彼らが創りあげた社会が、このおはなしの舞台なのです。
作者、ロバート・マックロスキーは、コルデコット賞を二度も受賞した経歴をもつ優れた絵本作家のひとりです。この本の木版画の挿絵も、もちろんマックロスキーが描いています。ですから、お話にぴったりあった挿絵というより、むしろ、この絵があるために、読者は奇想天外な展開を難なく受け容れ、お話に親しめるのだと感じます。ふんだんな挿絵もうれしいかぎりです。
プロフィール
吉田 真澄 (よしだ ますみ)
長年、東京の国語教室で講師として勤務。現在はフリー。読書指導を行いながら、読む本の質と国語力の関係を追究。児童書評を連載するなどの執筆活動に加え、子どもと本に関する講演会なども行う。著書に『子どもファンタジー作家になる! ファンタジーはこうつくる』(合同出版)など。