ブックトーク

『あかいえのぐ』

世代を超えて読み継ぎたい、心に届く選りすぐりの子どもの本をご紹介いたします。

アーディゾーニによる絵描きさん一家のお話

エドワード・アーディゾーニ 作/津森優子 訳/瑞雲舎

華奢(きゃしゃ)な体は一見もろそうなのに、アーディゾーニの描く子どもたちは、いつもピチピチとした活力を宿しています。『チムとゆうかんなせんちょうさん』でも、『時計つくりのジョニー』でも、そして女の子が主人公の『まいごになったおにんぎょう』でも、彼らは強固な人格を持ったひとりの立派な人間だったし、エネルギーに充ちた意思の塊でもありました。

彼らが無神経な大人の態度に傷つき、決断に至る過程で思い煩うのは、強い感受性の為せるわざ。目前の事柄に真剣に対処する子どもたちを質直に描いているアーディゾーニの作品は、だから信頼できるのです。

未知への探究や冒険心が主人公を能動的にする「チム」や「ジョニー」とは異なり、『あかいえのぐ』では、貧しい一家のために幼い姉弟が奮闘します。と言っても、重苦しいお話では決してありません。

家計を支えるお父さんは、裕福な叔父の誘いを断って絵を描いています。時にお金の心配をするお母さんですが、自分の作品に手応えを感じているお父さんは、彼女をやさしく励まします。一家は、幼い姉弟と赤ちゃんを加えた5人です。

子どもたちは、アパートひと間の生活(大人が小さなパーティーをひらくほどの寛げる居間と、吹き抜けの天井にベッドが置けるロフトもあって、なかなかに魅力的な構造です)を楽しみ、食材の買い出しのお店巡りを喜んで手伝います。なかでも、一番のお気に入りは、古本屋で読書に没頭する時間でした。

子どもたちを温かく迎え入れる大人もいれば、ぞんざいに扱うお店の主人もいます。感傷を抑えたアーディゾーニの筆致は、幼い人たちにだってきっと身に覚えのある状況を、あっさりと描写し、構えずに世の中を見せてくれます。

赤い絵の具が手に入らず絵を仕上げられないお父さん。いよいよ策に窮し、団らんにも暗い影がさしはじめます。けれどももちろん終盤には救いの主が現れ、全てが好転していくのです。その幸せな暮らしぶりを軽やかに語ってお話は閉じられます。

細部まで神経の行き届いた絵の存在感は圧倒的。身をのりだして関心ごとに集中する子どもたち、うず高く本が積まれた静謐(せいひつ)な古書店とクラシカルな町のたたずまい、清潔に整頓された部屋で彩管を揮(ふる)う画家の父親、その一枚一枚に物語の本筋とはまた別のささやかなストーリーを感じます。デ・ラ・メアやエリナー・ファージョン、ディラン・トマスといった詩人とともに仕事をしたこの画家ならではの密度の高さです。

本を閉じたあとも、絵の余韻が残ります。時代も国も、環境も、何ひとつ共通してなくても、好奇心や憧れ、ひんやりとした心細さなど、幼いころにめまぐるしく懐き続けた感情が、この画家の絵を見ると自分の中によみがえります。

プロフィール

吉田 真澄 (よしだ ますみ)

長年、東京の国語教室で講師として勤務。現在はフリー。読書指導を行いながら、読む本の質と国語力の関係を追究。児童書評を連載するなどの執筆活動に加え、子どもと本に関する講演会なども行う。著書に『子どもファンタジー作家になる! ファンタジーはこうつくる』(合同出版)など。

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