ブックトーク

『大力のワーニャ』

世代を超えて読み継ぎたい、心に届く選りすぐりの子どもの本をご紹介いたします。

「大力」となった主人公の冒険譚

オトフリート・プロイスラー 作/大塚 勇三 訳/岩波書店

昔話では、なまけもので周囲から無力だと蔑(さげす)まれている三男坊がしばしば主人公に据えられます。そして、どこからともなく、この主人公には助っ人が現れ、主人公にいくつかの禁忌を言い渡すのですが、たいていこれを守り抜けばお話はハッピーエンディングを迎えるのです。ロシアの昔話を下敷きにした『大力のワーニャ』も、滑り出しは定石通り。しかし、作者プロイスラーは、民話の骨太な持ち味を活かしながら、なんともにぎにぎしい冒険活劇へとダイナミックに展開させていきます。

主人公のワーニャは、働きものの二人の兄と父親、すばらしい料理人でもあるおばとともに暮らしています。勤勉な兄たちからは疎まれ、村の人々からは「なまけのワーニャ」と揶揄(やゆ)される彼でしたが、父とおばだけは、そんなワーニャをとがめることなく、生来の価値を認めて彼に愛情を注ぐのでした。  

やがて、17歳になったワーニャは森の中で盲目の老人に出会います。

「おまえは、なんというかな? もしも、だれかがやってきて、おまえが皇帝になると告げたなら?」
「そんなの、わらいとばしてやるね。」と、ワニャはいいました。
「ところが、ここからとおくの、ある国で、皇帝の冠がおまえを待っているのだよ。」と、老人はつづけていいました。
「おいらを?」ワーニャはもうこらえきれずに、ほんとうにわらいだしました。「あんたはわかっちゃいないようだね、おじいちゃん。おいらが、なまけのワニャだってことをさ。そのおいらが、……皇帝になるって!」

この老人がワーニャに課した約束ごと、それは「パンやきかまどの上にねて、なまけていること」。ヒマワリの種のほかは何も食べず、かまどの上に身を横たえ、誰とも口をきいてはいけないという、ワーニャにとってはたいして難しくもない内容でした。時がきたら――家の屋根を両腕であげられるようになったら――それが旅立ちの合図だと老人はさらに指南すると、ワーニャのもとから去っていきます。

ワーニャがパンやきかまどの上で過ごす七年間(!)は、少々平板で、起伏に乏しく感じられますが、大力を得たワーニャが出立すると、物語はいよいよスピーディーに盛り上がっていきます。その盛り上がりにひと役買っているのが、ワーニャが闘いを挑んでいく魔物たちです。

ババヤガーは、ロシアの民話では名うての魔女ですが、その風貌の奇抜さでは、他の国の魔女たちを圧倒します。長い蹴爪のついたニワトリの足四本で走る家(この本では「走るかまど」になっていますが、多くの民話では「走る家」と語られています)に住み、骸骨みたいに干からびた腕で鉄のわなを振り回します。たいていの魔女は、おびき寄せた子どもを食べようと目論みますが、ババヤガーの走る家は、そうした計画にも打ってつけなのです。それから、「オッホ」という怪物も登場します。これも恐ろしい悪漢です。ただ、その異形は何ともユニーク。怒りのあまりに破裂し、しまいにはには緑色の皮だけになってしまうところも個性的で、一度読んだら忘れられそうにありません。

朴訥(ぼくとつ)で真っ直ぐなワーニャの人柄が彼の行動力を支えているのは明らかで、だからこそ読者は、納得づくで、彼の奇想天外なアドベンチャーにしっかりとついて行けるのでしょう。

作者オトフリート・プロイスラーは、『大どろぼうホッツェンプロッツ』や『小さい魔女』『クラバート』などの作品を書いたドイツを代表する児童文学作家です。一流のストーリーテラーならではの物語の疾走感、登場人物たちのキャラクターのおもしろさにワクワクしつつ読み進めれば、終盤で明かされるワーニャの旅のきっかけとなった“盲目の老人”の正体に、きっとなるほどとうなずくはずです。

プロフィール

吉田 真澄 (よしだ ますみ)

長年、東京の国語教室で講師として勤務。現在はフリー。読書指導を行いながら、読む本の質と国語力の関係を追究。児童書評を連載するなどの執筆活動に加え、子どもと本に関する講演会なども行う。著書に『子どもファンタジー作家になる! ファンタジーはこうつくる』(合同出版)など。

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