ブックトーク

『ロビンソン・クルーソー』

世代を超えて読み継ぎたい、心に届く選りすぐりの子どもの本をご紹介いたします。

改めて読みたい名作 『ロビンソン・クルーソー』

ダニエル・デフォー 作/海保眞夫 訳/岩波書店/720円(本体価格)

一瞬のひらめきで行動を起こす向こう見ずな主人公――冒険小説の醍醐味はこれに尽きます。スリルに満ちたストーリー展開もさることながら、小心者のわたしを鼓舞する主人公の暴走(?)にはあこがれずにはいられません。イギリス文学のなかでは、この物語と『宝島』が筆頭にあげられるでしょうか。

主人公ロビンソンは、よい家柄の息子として生まれながらも18歳で出奔。慌しく最初の航海に出ます。その後、遭難したり捕虜となったり、はたまた自らが興した事業で莫大な財産を築いたりと、十分1冊の本となりえそうな波乱に満ちた紆余曲折を経て、やがて航海中の不幸な事故から、孤独な無人島生活を余儀なくされるのです。彼がその島を脱出できるのは、なんと28年後! 気が遠くなりそうです。

さて、そのテーマだけを聞けば、重苦しい克己的な物語を想像してしまいそうですが、さにあらず。実際に読んでみれば、勇健に自らの生活を切り開いていく若者を描いた、はつらつたるエンターテイメント小説だということがわかります。

ありきたりの生活を捨て、一か八かの流転の人生へと身を投じたロビンソン。しかし、生粋のアングロ・サクソンでもある彼ですから、いざ1人きりの無人島生活が始まると、きわめて現実的な側面を見せ始めます。森羅万象をじっくりと観察。まずは自分の生命を守るすべを模索し、次に生きるために必要なすべてをコツコツと作りあげていきます。開墾や家畜の繁殖、どんな作業をするときもむろん1人ですが、それでも、思ったほど孤独を嘆く記述は多くありません。暮らしを少しでも豊かにしようと、計画を立てつつ挑戦を試みるロビンソンは、むしろバイタリティーにあふれています。

繰り返す落胆と後悔、同じだけの反省と向上心、ダメだと思えばすぐに弱音を吐くのに、その舌の根も乾かぬうちにもう立ち直って感謝の祈りをささげている――そのみごとなまでの楽観主義には感心するばかり。なにしろ、物語は主人公の独白で進行するので、彼の一喜一憂は、つぶさに読者に伝えられることとなるのです。

この本が初めて世に出たのは1719年。子どもの本の歴史からいえば、グリムやアンデルセンからさらに100年以上もさかのぼった時代です。今やすっかり古典児童文学として定着した1冊ですが、もともとは子ども向けに書かれたものではありませんでした。おそらくは他に類を見ないそのおもしろさに魅了され、子どもたち自身が自分たちの物語としてこの1冊を選び取ったのだと想像します。いつの時代も、新しい娯楽に敏感なのは――大人よりも――子どもたちのほうですから。しかし、わたしたち大人も、改めてこの物語を耽読すれば、子どもたちだけに独占させておくには惜しい本であることがきっとおわかりになることでしょう。

最後に――わたしはこの物語を同文庫の旧版、阿部知二訳で大いに楽しみました。冒頭で取り上げた『宝島』も、同訳者で堪能したわたしとしては、冒険小説=(イコール)阿部知二訳です。もちろん、新訳においても、物語から受ける興奮は損なわれていないと信じますが、元来臆病者だったわたしを、めくるめく冒険小説の中へと誘ってくれた阿部知二さんに敬意を表して、最後にそのことを記しておきたいと思います。

プロフィール

吉田 真澄 (よしだ ますみ)

「国語専科教室」講師。子どもたちの作文、読書指導を行いながら、読む本の質と国語力の関係を追究。児童書評を連載するなどの執筆活動に加え、子どもと本に関する講演会なども行う。著書に『子どもファンタジー作家になる! ファンタジーはこうつくる』(合同出版)など。

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