ブックトーク

『月おとこ』

世代を超えて読み継ぎたい、心に届く選りすぐりの子どもの本をご紹介いたします。

流れ星とともにやってきた不思議な男

トミー・ウンゲラー 作・絵/田村 隆一 麻生 九美 訳/評論社

へびやコウモリ、さらには恐ろしい人喰(く)い鬼など、お話の主人公としては歓迎されにくい生きものたちを積極的に描く作家トミー・ウンゲラー。彼の作品は子どもたちに人気があります。黒やダークブルーといった暗色を背景にした表紙が多いのも特徴ですが、それでも重くならないのは、画面の中心で、いつも主人公が気さくにこちらを見つめているからなのでしょう。幼い人に手にとってもらうためにはビジュアルが大事です。ウンゲラーの本は、ちょっと不気味でどことなくユーモラス。誰でもきっと中をのぞいてみたくなるはずです。

この『月おとこ』もまさにそんな一冊。漆黒を背景に、あやしげなブルーの花、大きな葉が繁る真ん中で、全身青白く発光する男がバラのにおいをかいでいます。これが「月おとこ」なんだな、と読者は察して本を開くに違いありません。わくわくします。彼はどんな「おとこ」なのでしょう。  

よくはれて、星のふるような夜には、お月さまにのんびりとすわりこんでいる月おとこのすがたが、よくみえます。

まんまるな白い月のなかに窮屈そうにからだをおさめて笑う「月おとこ」の姿からお話は始まりました。空から地球をながめているうちに、人々が音楽に合わせて踊っているのをうらやましく思うようになった「月おとこ」。ある夜、流れ星のしっぽにつかまって地上に降りてきます。隕石(いんせき)が落ちた凄まじい爆発音を聞きつけた人間たちが、次々と集まってきました。政治家や科学者は、この気の善さそうな男を、宇宙からの侵略者だと断定します。法廷で取り調べを受ける「月おとこ」は、とうとう牢(ろう)につながれることになってしまったのでした……。

「月おとこ」の望みはダンスの仲間に入りたい、ただそれだけ。一方、異物を排除しようと躍起になる地球の役人たち。この二者の対比を、作者が楽しんで描いているのが伝わってきます。どこまでも無邪気で無抵抗な男を、だいそれたインベーダーにまつりあげ、記者やカメラマン、見物人をあてこむ屋台まで現れるしまつです。われもわれもと押し寄せる人々の喧騒(けんそう)が読者の笑いを誘います。周囲が過剰に反応すればするほど、「月おとこ」の屈託の無さが際立つのですから。

さて、拘禁された「月おとこ」はどうなったでしょう。どうやって牢屋を抜け出したでしょうか。ヒントとなるのは月の満ち欠けです。脱出方法は、あたりまえのようで、やはり型破り。ウンゲラーのクリアな絵が、そのアイディアをさらに卓抜に見せてくれます。ここは、幼い読者が、もっとも昂揚(こうよう)する場面でもあるはずです。そして、結末のつけ方が少々風変わりなのも、この作家ならではの妙味といえるのではないでしょうか。終盤、唐突ともいえる登場の仕方をする科学者ドクトル・ブンゼン・バン・デル・ダンケル。大きな鼻に双眼鏡のようなメガネをかけたこの老人は、三百年も前から(?!)月へ行くための宇宙船の研究をしていたといいます。ブンゼン・バン・デル・ダンケル博士との偶然の出会いによって、「月おとこ」の地球でのほろ苦い冒険は終わりをつげるのです。

それからは二度と地球へは戻ってこなかった「月おとこ」。地球での体験は、彼の好奇心をうんざりするほど満足させたに違いありません。空の彼方から、のんびりと遠見するくらいがちょうどよい、それが地球なのだ……と。

プロフィール

吉田 真澄 (よしだ ますみ)

長年、東京の国語教室で講師として勤務。現在はフリー。読書指導を行いながら、読む本の質と国語力の関係を追究。児童書評を連載するなどの執筆活動に加え、子どもと本に関する講演会なども行う。著書に『子どもファンタジー作家になる! ファンタジーはこうつくる』(合同出版)など。

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