親と子の本棚

船乗りたち

子どもには本好きになってほしいけれど、どう選べばよいかわからない……。そんなときはこちらの「本棚」を参考にされてみてはいかがでしょうか。

ちっぽけなクラゲ

『へんたこせんちょうとくらげのおうさま』より

7月。もうすぐ夏休みだ。夏休みには、海に行きたい。

 へんたこさんは、たこでした。
 たこだけど、がんばって ほんものの せんちょうに なりました。
 だから いまでは、へんたこせんちょうと よばれています。

いとうひろしの絵本『へんたこせんちょうとくらげのおうさま』のはじまりだ。これは、『へんたこせんちょう うみをいく』シリーズの2冊め。さて、今回の冒険は……。
へんたこせんちょうは、釣り客を案内して海に出る。へんたこせんちょうは、海のことなら何でも知っているから、せんちょうにまかせておけば、だれでも、どっさり釣れるのに、きょうのお客は、ちっともいうことを聞かない。自分勝手に船を進めさせ、結局、1ぴきも釣れない。お客の機嫌が悪くなっていく。
それでも、ようやく釣りざおが、しなる。勢いよく引きあげたけれど、小さなクラゲがかかっただけだった。――「ちびで、みじめな、いじけ くらげだ」お客は、へんたこせんちょうにクラゲをすてさせ、クラゲは、大きくはねて、海にしずむ。
何も釣れないままの航海がつづくが、お客が突然笑い出す。――「さっきの やつが おおくらげに みえるくらい、ちっぽけな いじけ くらげだぞ」ところが、海のなかでは、そのちっぽけなクラゲがどんどん大きくなっていく。へんたこせんちょうの船「へんたこまる」ほどにもなり、やがて、「へんたこまる」の何倍にもなるのだ。

タコと手紙

 町かどのポストのそばに、ミカンばこがひとつおいてありました。そこに、ジムがすわっていました。
 朝も晩も、夏も冬も、デリーがものごころついてからというもの、ジムはいつだって、そこにいました。生まれたときから、ずっとそこにすわっていたにちがいありません。といっても、デリーが生まれたときから、つまり八年まえからです。

エリノア・ファージョン『町かどの ジム』の書き出しだ。もうジムは年をとっていて、町かどにすわったまま、とおりかかる人に声をかける。ジムは、以前は船乗りだった。だから、地上のどんな場所も、天上のどんな天気のことも知っている。そして、ときどき、デリーにいろいろな話をしてくれる。それが「ジムの話」という見出しで書きとめられているのだ。
ジムが「ゆり木馬号」のキャビンボーイ(船長などの世話係)だったころ、ポッツ船長にいわれて、浜辺の水たまりでエビをつかまえたつもりが、網のなかに入っていたのは、みどり色の子ネコだった。子ネコは、船のマスコットになる。
ポッツ船長がジムに今度はイセエビをとってこいという。ジムは、潜水服を着て、海に飛び込むが、やがて、長いタコの足にからめとられて、つれていかれたのは、沈没した豪華船の大広間だった。そこには、大きなナマズの女王がいた。頭に小さなサンゴのかんむりをのせたナマズの女王は、何だかひどく怒っている。――「あの子ネコだよ。あれは、わたしのむすめなのさ。ポッツ船長が子ネコをかえしてくれるまで、キャビンボーイはおあずかりだよ。あいつが子ネコをかえさないなら、わたしだって、おまえをかえさないからね。」そして、ジムに船長あての手紙を書けというのだ。ジムは、いそいで、「拝啓 ポッツ船長どの」という手紙を書く。

  もし、小生をつれもどしたいとご希望なれば、タコに子ネコをわたしてください。
  しかし、小生よりも子ネコのほうがよいとおかんがえのせつは、おかまいくださらなくてけっこうであります。
  ご健康をいのります。小生は元気であります。                         敬具
                                             ジム

 手紙は、タコによってとどけられる。

力ではなく、知恵で

ルーネル・ヨンソン『小さなバイキング ビッケ』の主人公ビッケは、バイキング、つまり、海賊だ。バイキングは、8世紀から11世紀にかけて、スカンディナビアやデンマークから船でヨーロッパ各地に進出したノルマン人たちで、略奪や征服をするとともに、交易などもした。
ビッケは、フラーケ地方のバイキングの族長、ハルバルのむすこだけれど、力ではなく、知恵をはたらかせようとする。ハルバルと石運び競争をして、力自慢のハルバルが大きな石を一つ一つ運んでいるあいだに、ビッケは、投石機を発明する。――「ビッケはズルしているんだ」「ちがうよ、ぼくは頭を使っただけさ」

今月ご紹介した本

『へんたこせんちょうとくらげのおうさま』
いとうひろし
偕成社、2017年
 大きく大きくなったクラゲは、へんたこせんちょうたちに、「わたしは〈うみの7ふしぎ〉のひとつ、〈くらげのおうさま〉と よばれている おおくらげです。まだまだ おおきく なりますが、どうぞ これからも おみしりおきください」とあいさつして、にっこりほほえむ。そして、「ちいさいは おおきい。おおきいは ちいさい。つよいは よわい。よわいは つよい」と歌いながら、海のむこうへ消えていくのだ。

『町がどのジム』
作 エリノア・ファージョン、絵 エドワード・アーディゾーニ、訳 松岡享子
童話館出版、2001年
ファージョン(1881~1965年)は、イギリスの児童文学作家、詩人。『リンゴ畑のマーティン=ピピン』(石井桃子訳、岩波少年文庫で上下2冊、2001年)、『ムギと王さま』(石井桃子訳、岩波少年文庫、2001年)など。

『小さなバイキング ビッケ』
ルーネル・ヨンソン作、エーヴェット・カールソン絵、石渡利康訳
評論社、2011年
ヨンソン(1916~2006年)は、スウェーデンの児童文学作家。本書を1冊めに、シリーズは、『ビッケと赤目のバイキング』『ビッケと空とぶバイキング船』『ビッケと木馬の大戦車』『ビッケのとっておき大作戦』『ビッケと弓矢の贈りもの』とつづく。
石運び競争のあと、ハルバルに「ビッケは臆病者だけど、きっと役に立つだろう」といわれて、ビッケは、バイキング遠征に行くことになる。

プロフィール

宮川 健郎 (みやかわ・たけお)

1955年東京生まれ。立教大学文学部日本文学科卒。同大学院修了。現在、武蔵野大学文学部教授。大阪国際児童文学振興財団理事長。『現代児童文学の語るもの』(NHKブックス)、『子どもの本のはるなつあきふゆ』(岩崎書店)、『小学生のための文章レッスン みんなに知らせる』(玉川大学出版部)ほか、著書・編著多数。

関連リンク

おすすめ記事

絵姿のゆくえ絵姿のゆくえ

親と子の本棚

絵姿のゆくえ

家出と留守番家出と留守番

親と子の本棚

家出と留守番

落語と昔話落語と昔話

親と子の本棚

落語と昔話


Back to TOP

Back to
TOP