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CONTENTS

●プロフィール    ●大学生活について     ●就職活動、仕事について
●5年後に向けて    ●高校生へのアドバイス
 


●大学生活について




哲学専修ではどういったことを学ぶのでしょう?


先生
既存の学問の枠にとらわれずにいろいろなことを学び、考え、「これ以上考えてもしょうがない」と思われている事柄についても一歩でも半歩でも考えを進めていく。これが哲学専修のモットーです。
哲学と名がつく他の専修、例えば日本哲学史専修であれば、「史」という言葉が示す通り日本哲学の歴史的流れをターゲットとし、過去の思想の文献を中心に勉強していくことになりますが、私たちの哲学専修は、そういった思想史を踏まえつつ、最終的には各自が “自分の哲学”を打ち立てることを目指して研究を続けていく姿勢を大事にしています。

卒業生
既存の学問の枠にとらわれないという意味では、先生も随分と様々なことを研究されていましたよね。私が学部にいた頃は仏教思想なども手掛けられていた記憶が。

先生
今もやっていますよ。仏教思想などのアジアの伝統思想の研究をやり始めたのは塩谷さんが学部にいた頃だったかな。今はもっと大々的にやっているけど、その研究の際にも、先ほどお話しした数理哲学の方法、つまり現代の数理的な考えやアイデアを使って、過去の思想を再解釈し新しい発想を生み出していくのですが、真面目な文献学者が聞いたら卒倒しそうなトンでもないというか、大胆な解釈を試みています(笑)。
私に限らず哲学専修の歴代教員はいくつかの専門にまたがった研究スタイルでやってきた人が多かったと思います。有名な西田幾多郎や田辺元も含め、この道一筋ウン十年といった大人しいタイプは、あまりいなかったように思います。

一筆さんは現在どのような哲学の学びに興味がありますか?


大学生
今は論理学にすごく興味を抱いています。


先生
「今は」ということは、以前から心変わりしたとか?

大学生
私は2年生を終えた時点で休学し、1年ほどイギリスの大学に留学していましたが、そこの大学聴講では政治哲学を受けていました。当時は「ヘーゲルがかっこいい!」と思っていましたので、哲学と同時に政治史の仕組みについても学び、また思想を通して物事を見ることができればと考えていました。

そこから論理学に興味が変わっていったのはなぜでしょうか?


大学生
以前から論理学にも興味を持っていましたが、深く学びたいと思い始めたきっかけは叔父の存在があるのかもしれません。
叔父は工学部出身で“科学命”のような人でして、私が何を言ってもすぐに論破されてしまいます(笑)。そのたびに滅茶苦茶悔しい思いをしていますが、では「こういう人にはどうすれば対抗できるのか?」と考えた時に、例えば科学でもできないことを証明する思考を身につければこれからの自分を形成する上でもプラスになるのではないかという考えに至りました。そういった経緯もあって今は論理学に興味を持っています。

先生
私が哲学をやり始めた一つの理由は“科学の正体”を暴きたいと思ったからです。今の世の中、科学は偉そうな顔をしすぎていますよね。時々「すべての問題は科学で解決できる」と言う人がいて、こうした類の話が結構あちらこちらで流布しています。
では、そういう人に恋愛の問題はどうかと問うと「科学で解決できない問題は“本当の問題”ではない」と答える。科学で解決できないからそう答えざるを得ないのでしょう。これが「科学主義」と言われるもので、19世紀くらいからそうした考え方が出てきています。その科学主義をやっつけるために、科学とはなんぞやを問い、科学ってそんな偉いものじゃないよ、ということを示そうとしているうちに、数理哲学に手を染めていたというのが実情です。

卒業生
じゃあ、一筆さんもいつか叔父さんを論破しようと。

大学生
いえいえ、それが目的ではありません(笑)。とにかく今の自分の思考はまだまだ感情的な部分が多いので、そういうところを論理学の学びを通して少し矯正できればよいかなと思っています。

塩谷さんは学部時代にどういったことを学ばれていましたか?


卒業生
私はジュディス・バトラーについて研究していました。

先生
現代のアメリカの女性思想家、ジェンダー論の第一人者ですね。

卒業生
『ジェンダー・トラブル』という本を30代で書いて一躍有名になった人です。もともと大学1回生の時にフェミニズム関連の本を読み始め、その本の中で紹介されていたのがきっかけで知りました。そこで、このジュディス・バトラーの本を読もうとした時に、難しくてどよくわからなかったのです。それで読みこなせるようになりたいと思って「哲学!」と決め、3年から哲学専修に入りました。

哲学は高校時代から学ぼうと考えていましたか?


大学生
はっきり言って高校時代は学問に憧れていなかったです。とりあえず大学受験という大きなテーマにひたすら向かっていくという、今思い返せばすごく小さいことをしていたなと。哲学に興味を持ち始めたのは大学に入学してからでした。

卒業生
私も一筆さんと同じで哲学を学ぼうと思ったのは大学入学後です。文学部は志望していましたが、たしか消去法的に決めたような記憶があります。法学には興味がないし、経済学に行けるほど知的センスもない。では教育学に4年を費やせられるかと言えばそうでもない…といった具合です。当時から本が好きだったので文系学部の中では文学部が一番魅力的でしたが、高校生ながらも将来の就職を考えると不安はありました。でも最終的には「京大で学ぶことができればよい」と考え、文学部志望に舵を切りました。

哲学という学問が果たす社会的な役割は何でしょう?


先生
私は「哲学とは知的公共事業である」と考えています。例えば、「正義」とか「自由」といった概念や言葉がありますよね。そういうものが昔からその辺にゴロゴロと石ころのように転がっていたかというと、実はそうではありません。それらは昔々、どこかで誰かが作り出したもので、それが時を経て様々な意味合いを与えられ、一定の内容の持った概念として、人々の間で通用するようになってきました。現在では、そういった概念によって、ある程度は社会の秩序が保たれている。どんな暴君でも、少なくとも表立っては「正義」や「自由」を否定することは、もはやできない。それらは、社会が暴力などで無茶苦茶になることを防いでくれる、最低限のストッパーの役割を果たしているのです。
私たちは「正義」や「自由」は誰にとってあまりにも当たり前で、あたかもその辺に転がっているものだと思い込んでいます。でも実は、それらは誰かが作って、かつ、それぞれの時代に合うようにメンテナンスされながら次の世代に受け渡されているのですよ。

大学生
メンテナンスされながらですか?

先生
そう。だから哲学は“水道”のようなものと言えます。我々は水不足で困ることがない限りは、蛇口をひねればジャブジャブと水が出てくることが当たり前だと思っているけど、実はその水道水が出るという当たり前を維持するためには様々な人が、例えば水道局員や工事をする人が日夜トンカチトンカチとメンテナンスをしている。社会の表には現れないインフラストラクチャーです。インフラはみんな気にはならないけど、なければ実社会が成り立たない。これと同じで、哲学はインフラの知的部門を請け負っているわけです。
過去からの概念や言葉を受け継ぎ、今の時代に合った意味を与え、新しい見方を提案し、世の中に発信していく。仮に今の時代の人が使わなくても、100年後の人、200年後の人が使ってくれるかもしれない。そういったものを作り出していくのが哲学だと私は考えています。そういう意味では間違いなく社会の役に立っているはずなので、もっと研究費を頂いてもよいはずなのですが(笑)。

 

 

●就職活動、仕事について




大学院進学者が多いと伺いましたが、塩谷さんは迷われなかったですか?


卒業生
私はそれほど迷うことなく就職を選びました。自分の中で論文を書くのがそれほど得意ではないと感じていたので、大学院進学に強い思い入れはありませんでした。

先生
就職活動の時は結構たくさんの会社をまわったの?

卒業生
主にインフラ系と金融系に絞って受けました。当時はモノを売る会社よりもサービスを提供する会社で仕事がしたいと考えていましたから。インフラ系は電力と通信、金融系は銀行や公庫を受け、最終的に今の会社に決めました。

同期生で就職された方はどういった分野で活躍されていますか?


卒業生
一人は国家公務員の試験を受けて総務省に入り、ほかの人は広告代理店や出版社に就職しました。

大学生
総務省に入られた方はどういった仕事をされているのですか?

卒業生
総務省は郵政・通信・地方自治の3つの所管に分かれていますが、その人は確か地方自治で仕事をされていると思います。

こちらの卒業生はどういった分野で活躍される人が多いですか?


先生
哲学専修で言うとマスコミ分野が多いのかな。塩谷さんの同期生は今彼女が言ったように広告代理店と出版社に就職した人がいましたし、新聞社に入る人もいます。マスコミ以外だったら学校の先生になる人もいますよ。以前は中学や高校の先生になりたくてもポストが少なかったようだけど、最近は増えつつあるようです。

一筆さんは卒業後の進路について既に考えていますか?


大学生
今は大学院に行きたいという思いもありますが、たぶん学部を終えて就職するだろうなと思っています。将来の仕事で興味があるのは報道です。そういう希望があるので、留学から帰ってきてすぐに報道記事をWEB配信している会社に2週間ほどインターンシップに行きました。実際の現場で記事の書き方などを教えてもらいましたが、これがとても難しくて…。なかなか自分が思うように文章って書けないものだと痛感しました。

先生
私の同期は記者をやっていますよ。

大学生
そうなんですか!

先生
彼は卒論を書いた時に、書物や資料と向き合って論文を書くより、人と接して情報を発信する方が自分には向いているとわかったと言って、1年留年した後、新聞社に就職して報道の道に進みました。

塩谷さんが文学部で学ばれたことは仕事で生かせていますか?


卒業生
専門が哲学ですからね(笑)。理論の前提を疑ったり、過去に示された理論を現代の問題に当てはめて検討したりすることを、哲学の手法の一だと学びましたが…職場で「そもそも前提が違う」というようなことを言う機会は…。

先生
どんどん言ってよ。上司とか取引先に「あなたのその前提が間違っている」って(笑)。

卒業生
言えるわけないですよ!

大学生
はははは。私はいつか言ってみたいです!

卒業生
話が逸れましたが真面目に答えますと、学部時代に学んだ「原点をあたっていく」ことは確かに仕事で生かせていると感じます。例えば、新しい施策を検討する時は過去を遡り、今までどういう系譜で従来のものが行われてきたのか、当時の文脈はどうだったのか、どういう法律に基づいて実施されたのか、そういったことを必ず調べなくてはいけません。そうした“原点”をあたっていく作業は、何の抵抗もなくできています。

先生
なるほど。

卒業生
学部時代は、反証するにしても立証するにしても、具体例を挙げることの大切さを出口先生や他の先生方にも教わりました。そして社会に出ると、そうした例は理論的に可能かどうかということと同じくらい、“具体的に示せる”ことが求められます。これは、おそらくどのような仕事をするにしても同様で、とても重要なことではないかと。今振り返ると哲学を学んだことで知らず知らずのうちにその訓練ができていたと思います。

 

 


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