●大学生活について
工学部航空宇宙学科航空操縦学専攻の特徴について教えてください。
■先生
2006年4月に開校した本専攻は、ANAの全面的な協力体制のもとで行われ、プロパイロット養成を目的にしています。
そして卒業研究などで視野を広め、卒業後はほとんどの学生がパイロットとして活躍しています。
本専攻の第1の特徴は、パイロット養成に向けた万全なカリキュラム体制があることです。
1年次に留学に必要な資格等を取得し、2年次には15カ月に渡り、世界屈指のパイロット養成コースを擁するノースダコタ大学へ協定留学し、アメリカ連邦航空局免許と国土交通省の航空従事者技能証明を取得し、パイロットの基礎を固めます。
第2には、飛行技術の向上に欠かせない設備が充実した環境であること。特にフライト・シミュレーターはANAの協力を得て、とてもリアルな、実践的な機材を作り上げました。帰国後の3・4年次ではこのシミュレーターを使って飛行技能を維持・向上していきます。
第3に、私を含め多くの教員が、フライトキャリアの長いベテランパイロットであり、座学・実学を兼ね備えた指導ができる点です。
そして第4として、これまでご紹介した技倆だけでなく、パイロットとして社会人として必要な人格形成を重視している点です。このため4年次には卒業論文を課しますし、他学部の授業を受け見識を広めることも推奨しています。
佐野先生は現役のパイロットでありますが、学生にとってはどのような利点がありますか?
■先生
航空業界の現場で起きていることを、タイムリーに伝えられることが最大のメリットだと思います。また、1年次はまだ操縦桿も握ったことがないわけですが、やらなければいけない課題はたくさんあります。そういう時に、例えば昨日のフライトでの出来事を話すことで、勉強するモチベーションを高められていると実感しています。
また私にとっても、若い彼らと一緒に学び、指導し、育成することは、とてもやりがいのある仕事だと感じています。特に留学を終えて帰ってきますと、顔つきも全然違いますから、そうした成長を見ることも大きなやりがいですね。
■大学生
ジャンボジェット機の操縦など、僕たち学生にはまだ夢の世界のお話を、身近な先生からリアルな体験談として直接聞きますと、やはり刺激を受け、「自分も将来は必ず大型機を飛ばすぞ」と、目標意識が高まりますね。
お二人が航空操縦学専攻を選んだ理由は何ですか?
■大学生
子どもの頃からパイロットへの憧れはありましたが、直接のきっかけは、進路選択をする際に読んだ航空操縦学専攻の案内パンフレットに、高校の先輩が出ていたことでした。高校の先生を介して、その先輩とお会いすることができ、お話を伺う中で関心が高まり、ぜひ挑戦してみたいと思いました。
■卒業生
パイロットに憧れたのは、幼稚園くらいの頃でした。当時から飛行機に乗る機会が結構あったのです。そして高校入学の頃には、将来はパイロットを目指そうと真剣に考えました。
ただ、私が高校を卒業する当時は、本専攻をはじめ国内にはパイロットを養成する大学がありませんでしたので、米国・ノースダコタ大学への入学を決めました。入学して2年経った頃に本専攻が開設され、ノースダコタ大学が提携校となった関係もあり、東海大学への編入を認めてもらえたのです。なぜ編入する必要があったのかというと、ノースダコタ大学ではアメリカ連邦航空局免許は取得できても、日本の航空会社に就職できる国土交通省の航空従事者技能証明が取得できなかったからです。
■先生
私は中学・高校で模型飛行機に夢中でした。大学選びの段階になって、当時は航空大学校が高卒で入れましたので、「本物の飛行機に乗ろう」と飛び込んだわけです。
志望理由は様々でしょうが、とにかく「パイロットになりたい」「空を飛びたい」という強い意欲・気持ちのある方に、ぜひ本専攻に挑戦してほしいですね。
というのも、本専攻は1年次からかなりの勉強量になります。サークル活動をしたりアルバイトをしたりというキャンパスライフを楽しめる余裕は、他学部と比べると少ないです。そのため、パイロットになるぞ、という強い意志が求められます。
パイロット養成のための専攻ということで、入試の段階から準備や対策も必要になると思います。そこでまず、浅野さんの入試対策を教えてください。
■大学生
入学のための学力試験は「センター試験利用型」でしたので、センター試験対策を行いました。また、「健康調査票」も必要でしたが、高校時代はサッカー部に所属していて日頃から健康管理を行っていましたので、不安はありませんでした。
■先生
「健康調査票」では、健康であることと、バランスが取れていることがポイントになります。身長や体重制限はありませんが、極端な肥満などは厳しいですね。肥満度数を表すBMI数値で言いますと、30を超えている場合は心臓に負担がかかったり、血液検査で問題が出たりしますので、本専攻には向かないと判断されてしまいます。
私たち現役パイロットでも半年に1回は身体検査がありますし、健康管理や肥満防止等は常に心掛けています。
■大学生
英語力に関しても出願条件があり、高校のうちにTOEIC、TOEFL等で、定められた以上のスコアを取るか、英検2級以上を取っておくことが必要です。僕は英検2級を取得しました。
■先生
英語力は本専攻では必要不可欠ですね。2年次からノースダコタ大学に留学し、米国人教官の指導を受けながら試験に合格しなければなりません。そこで、1年次の7割以上の授業が英語関係にあてられています。先ほど、留学に必要な学科試験や資格の話がありましたが、TOEFL(iBT)69点以上取得というのも、留学の必要条件になっているのです。
とはいえ、いきなり高度な英語の学術書を読ませるわけではありませんので、受験勉強も含めた高校までの英語をしっかりと学んでもらえれば対応できると思います。
フライト時においてパイロットが日本の管制官と交わすやり取りも英語になるのですか?
■先生
よほどの緊急時にどうしてもニュアンスが伝わらないという場合を除いては、すべて英語です。その理由は、パイロットと管制官のやり取りというのは、外国からやってくる外国の飛行機のパイロットも共有すべき情報が含まれているからです。ですから交信は他機も傍受していることが前提であり、どの国のパイロットも管制官と交わすのは英語なのです。
■卒業生
管制官との会話は、基本的には決まり文句のような管制用語での通信がほとんどです。ただ、緊急事態を含め、時にはイレギュラーな確認が発生することもありますので、そうした際にもしっかりと英語でコミュニケーションできる会話力が必要ですね。
入学後、佐野先生は1年生には主にどのようなことを教えるのですか?
■先生
1年次にはまず、航空専門科目の指導を行います。というのも、2年次から全学生がノースダコタ大学に15カ月間留学をしますが、そのためには日本の「事業用操縦士学科試験」と「計器飛行証明学科試験」の合格と「航空無線通信士」の資格取得が必要になります。
そこで私は、「事業用操縦士学科試験」と「計器飛行証明学科試験」の合格に向けた専門科目のいくつかを担当しています。
これらの試験は広範囲な知識が問われる試験内容で、学生は航空力学、管制通信、ナビゲーション、基礎的な電気工学知識、気象学、ベーシックな計器類の仕組みなどを学びます。
1年次からかなり勉強量が多いですね。経験してみていかがでしたか?
■大学生
勉強量は確かに多いですが、1年次の秋までは主に英語の授業で、試験対策の科目はあまり多くはありません。時間をかけながら徐々に各分野の知識を積み上げていく感じですので、勉強はしやすいと思います。そして秋以降に本格的に集中して試験対策をします。また、過去問題等の試験対策も学校で考えてくれますので、対応することができました。パイロットになる夢に向けて必要な第一歩ですので、頑張れますね。
■卒業生
私はノースダコタ大学から編入して、1年次からやり直したわけですが、本専攻の学生は「パイロットを目指すぞ」という意欲が高いという印象を受けました。また、同じ目的で集まっていますので、互いに良い刺激を与え合っていましたね。
■先生
同じ夢を追いかける同期の存在は励みになるでしょうね。ひとりではなく、みんなで頑張るという環境が大事なのだと思います。
私自身、学校は違いますが高校卒業後に厳しいパイロット訓練を受けました。修行とも思えるほどタイトなスケジュールでしたが、やってみると、私は訓練も楽しくなっていきましたね。
試験合格に必要な知識は、主にどういう学科の知識になるのですか?
■大学生
僕は高校時代に理系でしたので抵抗はありませんでしたが、数学や物理で学ぶ公式が多く出ますので、この2教科は基礎として必要になると思います。
■先生
パイロットになるのに必ずしも理系である必要はありませんが、とはいえ試験のみならず訓練の課程でも理系教科の基礎が必要になりますので、文系の学生も、高校で学ぶ数学や物理の基礎はしっかりと学んでおくべきですね。
2年次の留学はどのように始まりますか? また留学先での生活はどうですか?
■大学生
留学は春留学、秋留学と別れます。僕は春留学でしたので、2年次の4月からノースダコタ大学へ留学し、3年次の9月に帰ってきました。
留学先では3人一組でルームシェアをして生活します。ノースダコタ大学は北海道と同じくらいの気象環境で、夏は過ごしやすいですが、冬は寒かったですね。
食事は自炊が基本でした。たまに食料品を買いますが、記載されたカロリー数をチェックして高カロリー食品は避けるなど、太らないように注意もしましたね(笑)。
■先生
米国は高カロリー食品が多いですからね。油断していると留学前と後で、見違えるようになって帰ってくる学生がいるのです(笑)。
次にノースダコタ大学での実機を使ったパイロット訓練について教えてください。
■大学生
フライトの実機訓練では、セスナに「はい乗って」と、いきなり乗らされます。もちろん教官も隣に同乗しアドバイスをしてくれますが、実際に操縦をやってみるところから始まります。
■卒業生
私も最初の実機訓練のことはよく覚えています。地上で座学とシミュレーター訓練はしましたが、やはり緊張しましたね。私は左席に、教官が右席に座り、いざテイクオフという時にいきなり教官が「お前やってみろ」と言うのです。「自分がやってもよいのかな」と心の中では思いましたが、「はい」と答えていました(笑)。
そして学んできた通りに操縦して、フワッと飛行機が浮いて飛んだ瞬間に、「ついに夢の第一歩を踏み出せた」という喜びがどっとわき出てきましたね。
■大学生
僕の最初に飛んだ時の感想は、「空ってきれいだな」でした。ロマンチストなもので(笑)。
■先生
留学先では、実機とシミュレーターの訓練がありますが、実機訓練時間の方が圧倒的に多いです。もちろん、危険な状態になる前に教官がちゃんとケアをしますので問題が起きるようなことはありません。
そしてペアでのフライトを15時間くらい体験すると、今度はひとりで操縦する「ソロ・フライト」を経験することになります。
■大学生
僕は2カ月後にソロ・フライトを経験しました。ただし、ソロ・フライトができるまでには試験もあり、教官が技倆を認めてくれないとできません。
「教官が認めてくれたのだから大丈夫だ」という自信を持ってフライトに臨みましたが、それでも初めてのソロ・フライトを終えた時の感想は、「無事で良かった」でしたね(笑)。
■卒業生
私の時は3回離陸して3回着陸するというのが最初のソロ・フライトでした。そして3回目の着陸を終えた時に、管制官がマイクを通して「コングラッチュレーション(おめでとう)」と言ってくれた言葉に感動しましたね。
■先生
初めてのソロ・フライトである「ファースト・ソロ」を終えるというのは、パイロットにとって特別なものがあります。教官の手助けなしで、上がって飛んで戻ってこられたという、パイロット人生における最初の一大イベントですからね。私も自分の体験を今でもはっきりと覚えています。
私の時はファースト・ソロを終えた後、教官がネクタイを切ってくれました。これは、隣からネクタイを引っ張る教官はもう必要ないよというサインなのです。
■大学生
僕たちはTシャツの背中を切られました。
■先生
それはかつて訓練飛行機が前後に分かれて乗るタイプだった頃の儀式で、後ろからシャツを引っ張る教官はもう必要ないよ、という独り立ちのサインだね。
ソロ・フライト以降はどんな課題があるのですか?
■大学生
ソロ・フライトの次には「ソロ・クロスカントリー」があります。これは広大なノースダコタ上空を片道300マイルほど飛行します。複数の管制官とコミュニケーションを取ったり、他機との間隔調整など、より高度な技術を身につけます。そしてここまでが終わると、アメリカ連邦航空局免許(FAA)の「自家用操縦士免許」の学科・実技試験を受けます。その後、ナイトフライトや計器だけを見ながら飛行するフライトを体験し、FAAの「計器飛行証明」の学科・実技試験を受けます。そして最後にエンジンを2つ搭載した飛行機で訓練しFAAの「事業用操縦士」の学科・実技試験も受けます。留学の最後の2〜3カ月は、日本の「事業用操縦士」と「計器飛行証明」の免許取得の準備になります。
教官の方もとてもフレンドリーで、わからないことはすぐに聞けたので、そのあたりの環境もとても恵まれていたと思います。
留学体験を通して、大変だったことは何ですか?
■大学生
いろいろな試験があり、それらは毎回、一度でパスするとは限りません。不合格になった時が、大変さを一番感じますね。そういう時は、自分で反省点を見つけたり、同期の仲間に相談して改善点を見つけるなど、とにかく先に進むように努力しました。
では、留学して良かったと思えることを教えてください。
■大学生
数多くのフライト体験を積むことで、大きく成長したと感じられたことが一番の喜びです。また、いくつもの試験に合格することで、これだけのことをやったのだという実感も湧いてきます。そして何より、自分だけでなく、同期の仲間と一緒に目標を達成できたことが、本当にうれしかったですね。
■先生
実機フライトは、毎回気象環境が異なりますから、二度と同じフライト経験はできません。ですから、その都度何かしらの学びがあり、そのあたりも新鮮ですね。また、3時間ほどソロ・フライトをする訓練もありますが、最初は不安でもしっかりと準備をして予想通りのフライトができた際の充実感は、ひとしおのものがあると思います。
留学の段階で、必ず全員が合格できるとは限らないのですか?
■先生
はい、大学としては全員合格を目指して指導を行いますが、不合格となるケースはゼロではありません。翌年に再挑戦できるケースもありますが、多くの場合は、パイロットの道はあきらめることになります。その場合、本専攻をそのまま卒業し、航空関係の別の業務に携わるケースもあれば、航空宇宙学科航空宇宙学専攻へ編入し、新たな道を探す学生もいます。
留学先で明暗が分かれてしまう理由は何か考えられるのですか?
■先生
パイロットになりたいという意志は等しく強かったとしても、やはり適性という壁はある、ということです。また、この留学で大事なことは、浅野君も話していましたが、自分の経験だけでなく、仲間の経験もディスカッションなどをしながら分かち合い、自分のものにしていくという姿勢です。良かったことも悪かったこともすべてをさらけ出し、みんなの経験として共有する。そうしたことをせずに、自分の力だけですべてやっていこうとすると、情報や経験不足からうまくいかなくなることもあるわけです。
留学を終えた帰国後は3年次の半ばになっていますが、その後は何を学ぶのか教えてください。
■大学生
帰国後は湘南キャンパスで、卒業に必要な単位の取得や、自分が強化したいと思う学問分野の勉強に励むことになります。英語力の強化などを図る学生が多いのですが、僕の場合は、経済のことや企業の会社経営について学びたいと思い、経営学を副専攻にした履修をしています。この場合は、政治経済学部などの授業にも参加することができます。パイロットになるための知識だけでなく、他の幅広い分野のことも学生の興味に応じて学べ、とても良いシステムだと感じています。
■先生
留学を終えた時点で、学生たちは「事業用操縦士」免許を取得してきますので、パイロットとしてのスタートラインには立てたことになります。しかし、航空会社の機長職などは単に操縦ができればよいという仕事ではありません。機長ともなれば飛行機には何百人というお客様を乗せて飛ぶわけですし、飛行機を降りれば会社にも勤務しますので、社会人として、バランスのとれた人格形成が必要になります。
パイロットの中には、副操縦士にはなれたけど、キャリアを積んでも機長にはなれないという人もいます。なぜなれないかというと、多くの場合、考え方や物事に対する取り組み方に不足があることが原因です。
パイロット業務はチームワークです。コックピットには複数の人間がいて、さらに機内にはキャビンアテンダントがいます。また、地上業務を行うクルーや整備士もいます。こうしたチームワークの中で、コミュニケーションを取りながら安全な運航を行いますので、バランスのとれた人格形成とリーダーシップが機長には求められるのです。
操縦技能に関することは留学でひと段落ついた、ということですか?
■大学生
湘南キャンパスでも引き続きシミュレーターなどを使い、技倆の維持や新たなスキルを学ぶ授業は並行して行われます。
■先生
そうですね、「事業用操縦士」免許を取得したとはいえ、留学で身につけるのはあくまでもベーシックな技術と資格で、いわば最低限の知識とスキルです。そこで、留学先では体験できなかったような環境下での操縦技術を、シミュレーターを使って学び、さらに高度な技能と知識を習得していきます。
4年次では卒業研究もされるそうですが、もうテーマは決まりましたか?
■大学生
まだ研究テーマは決めていませんが、関心の高いテーマを選び、担当教授のもとで指導を受けながら研究を進めていくことになります。
■卒業生
私は「乗り物酔い」をテーマにした研究を行いました。お客様によっては、乗り物に慣れず酔われてしまう方がいます。なぜ「乗り物酔いが起こるのか」、そのメカニズムを知りたかったのです。
「視覚情報と体感情報のギャップ」が乗り物酔いの原因ではないかと仮設を立て、シミュレーターなども使って検証してみました。
■先生
卒業研究で学生が学ぶテーマは、気象、メカニック、飛行機事故におけるヒューマンファクターなど、多岐に渡りますね。なぜ卒業研究を課すかといいますと、操縦技術プラスαの学びは先ほどの機長として求められる人格形成にも寄与し、卒業後にも必ず生きてくるからです。
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