ブックトーク

『ロバのおうじ』

世代を超えて読み継ぎたい、心に届く選りすぐりの子どもの本をご紹介いたします。

ほんとうの自分って?『ロバのおうじ』

M.ジーン・クレイグ再話/バーバラ・クーニー絵/もき かずこ訳/ほるぷ出版/1,350円(本体価格)

 “外見に惑うことなく本当の自分を心から愛してくれる人が現れたとき、魔法は解けて真実の自分を取り戻せる”というよく知られたグリム童話を、ジーン・クレイグの気取らない再話とバーバラ・ク―ニ―の美しい挿絵が、見応えある端整な絵本に仕立てました。こうした一冊に出合うと、昔話とは、本来、子どものためだけに生まれ、語り継がれてきたものではなかったのだ、としみじみと思います。挑戦と成就は、昔話のテーマの典型ですが、ヒーローやヒロインが生き延びるための最大の武器となるのは、親切や善良さです。その古くからの真理を、つい忘れそうになる大人と、今まさに、意識の深いところにその真理を刻み付けておきたい幼い人たち。両方に効力を果たすのが昔話の本領かもしれません。

 金銭や衣裳といった物質的な豊かさのみを追求する王と妃は、魔法使いとの取引を謀った報いとして、ロバの子を授かります。子どもの内面には一切関心を示さない親のもと、それでも、ロバの姿をした王子は、懸命に勉学に励み、教え込まれた宮廷での作法を必死に習得しますが、徐々に別のことに深く興味をいだくようになるのです。それは、音楽。王子は、木々や星や風といった自然の動きを感じ取り、それをリュートでつま弾きます。人との交流が途絶えても、彼は、楽器で、取り巻く世界や自身の思いを表現する才能をもっていました。つまり、芸術家だったのです。自分たちとは異質な天賦の才に恵まれた息子を、偏見に満ちた暴論で退ける親の冶下から、ついに出立(しゅったつ)した王子。彼の孤独な旅が始まります。

 

 ながいあいだ (中略) ひとに あうこともなく こえを きくことも ありませんでした。
 そのかわり おうじは やまの いただきを ふきすぎる かぜ、たにを ふきわたるかぜの こえに みみを かたむけました。そして さまざまな かぜのうたを リュートで かなでることを おぼえました。つめたく ほとばしるせせらぎの しらべを きき、いとのようにほそく ひかる しんげつが うたうのを ききました。

 物語の冒頭から、ク―ニ―が創造したこのおとぎ話の舞台にすっかり惹きこまれてしまいます。お話が始まる前のページでは、紫がかった空に雲がたなびき、かそけく光る星々と細い腰をしなわせたような新月が、岩の上でリュートを奏でるロバの演奏に聴き入っているようです。やさしい中間色を用いながら、絢爛(けんらん)な宮廷と、季節や時間によって様相を変える自然の姿を、見事に一冊の中で調和させています。春のみずみずしい草木や淡い色の花々も素敵ですが、リュートを背に、さすらう王子を見開きで描く画面は、私たち日本人の幽玄や侘び、寂といった自然観にも通ずる情調を感じます。まさに一編の詩のようです。

 昔話の簡潔な語りは、下手に加工すれば、そのてらわない清潔感が損なわれ、身も蓋も無い教訓話に陥落します。しかし、この作品では、心情をもたなかった昔話の登場人物たちに、新たな息を吹き込み、純真であたたかな主人公の性格を、そのまなざしや表情で穏やかに伝え、読書の楽しみを増幅させています。本のかたちや文字の多少に拠らない、年齢を問わず手元に置きたい一冊です。

 かつて、小学生数人とこの本を読んだとき、時に粗暴な振舞いをするクラスメートを例にとり、「はやく(ロバのように)嘘の皮を脱いじゃって、本当の(やさしい)○○くんになればいいのにねぇ」と発言した男の子がいました。ああ、こんなふうに昔話は、幼い人たちと一体になれるのだなぁ、と、その普遍性に改めて感嘆したのです。人として生きる喜びと迷いは、子どもや大人の別なく、日常と共にあり、その地歩が昔話にあることを、私たちは胸に留めておきたいものです。

プロフィール

吉田 真澄 (よしだ ますみ)

長年、東京の国語教室で講師として勤務。現在はフリー。読書指導を行いながら、読む本の質と国語力の関係を追究。児童書評を連載するなどの執筆活動に加え、子どもと本に関する講演会なども行う。著書に『子どもファンタジー作家になる! ファンタジーはこうつくる』(合同出版)など。

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