ブックトーク
『名馬キャリコ』
2024.1.11
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世代を超えて読み継ぎたい、心に届く選りすぐりの子どもの本をご紹介いたします。
クリスマスの大捕物
ところははるか、西部のサボテン州に、その名をキャリコとよぶ馬がおりました。
みめ美(うるわ)しくはありませんが、あたまはめっぽうきれましたし、足のはやさは、とびきりでした。
きびきびと講談調で幕を開けた物語。カウボーイのハンクと馬のキャリコは「ふたりだけでなんでもはなしあえる」仲です。サボテン州では、誰もが平和な暮らしを楽しんでいました。ところが、囲いも鍵も無く、保安官さえいないサボテン州の牧場に目をつけた「すごみやスチンカーとその一味」によって、のんびり草をはんでいたたくさんの牛が盗まれたのです。
登場人物たちは、活劇を演じる俳優のごとく、善と悪にすっきりと分かれ、キャリコは善の筆頭、スーパーヒーローの役回り。悪役のボス「すごみやスチンカー」には、むろん子分たち――すこぶる個性的な――がいて、それも、ピリリと効いたお話のスパイスです。たとえば、スチンカーの右腕となる「ばらしやボーンズ」は、生きてる熊の鼻ヅラにでもかみつく男。ほかにも、「へびの目パイゾン」やら「はげたかベイツ」やら、名前だけでもひとクセありそうな面々がそろっています(この見事なネーミング、訳者も楽しんで翻訳したのでしょう)。こうした勧善懲悪ものに出合うと、いつだって私は、英雄よりも悪役にひきつけられてしまうのですが、このお話でも、アウトローになりきれない粗忽(そこつ)な振舞いの彼らに茶目っ気を感じます。
『ちいさいおうち』や、『マイク・マリガンとスチーム・ショベル』、『ちいさいケーブルカーのメーベル』などで、先進的な社会への危疑を作品に包有してきたバートン女史ですが、この本は、そうした文明批判とは無縁の、エンターテインメントに徹した一冊です。単純明快な筋立ての勢いを高めるのは、講談調の語りと古めかしい言い回し。「おちゃのこさいさい」とか「きえんをあげる」とか、幼い読者を少し戸惑わせる言葉があるかもしれませんが、文体のリズムとコマ割りの絵が、読み手の意欲をきっと後押しもしてくれるはずです。
さて、なんと言っても、その絵こそが、この本の最大の魅力です。バートン特有の様式美に則った画風はそのままに、今回は、漫画のようなコマ割りを採用。クローズアップと遠景を巧みに使い分けながら、ある場面はアニメーションのように簡明に、またある場面は映画のようにダイナミックに描き出します。登場人物たちの紹介のページは個性が映えるクローズアップ、一方、これぞ西部劇とも言うべき敵味方に隔てられての銃撃戦はパノラマで。
アメリカ西部の乾いた風と砂ぼこり、馬を駆って幌馬車を走らせる荒くれ者たち、そして、大きく育ったサボテンなど、西部劇ではおなじみのディテールも、お話を盛り上げ、活気づけます。黒と白のみで描かれた画面は、どこまでもスタイリッシュ。モノクロだからこそ、そのデッサン力と卓抜したセンスが一段と光ります。
全篇を通して、生きの良い日本語が飛び交い、言葉のおもしろさを堪能できるでしょう。エネルギッシュな訳が印象的です。すばやい展開が、コマ割りで連なる絵の左から右へ、読者の視線を軽快にひっぱります。
プロフィール
吉田 真澄 (よしだ ますみ)
長年、東京の国語教室で講師として勤務。現在はフリー。読書指導を行いながら、読む本の質と国語力の関係を追究。児童書評を連載するなどの執筆活動に加え、子どもと本に関する講演会なども行う。著書に『子どもファンタジー作家になる! ファンタジーはこうつくる』(合同出版)など。