ブックトーク

『へんなどうつぶ』

世代を超えて読み継ぎたい、心に届く選りすぐりの子どもの本をご紹介いたします。

「どうぶつ」じゃないよ「どうつぶ」だよ

ワンダ・ガアグ文・絵/わたなべしげお訳/瑞雲舎

作家ワンダ・ガアグの『100まんびきのねこ』を読んで、あっけにとられた方も多いのではないでしょうか?「一番きれいなねこ一匹しか飼えない」と老夫婦から告げられた「100まんびきのねこ」たちは、競って互いに「食べっこ」し、やせこけた小ねこ一匹を残して消えてしまった(死んでしまった?)という怖い結末です。ちっぽけでみすぼらしかったため、他のねこたちには相手にされなかったという小ねこは、しかしお話の最後で、いちばん「きれいなねこ」として老夫婦に迎え入れられます。まるで何事もなかったように……100万匹のねこたちのことなどすっかり忘れて。あっけらかんと語られるストーリー、しかし、読み終えたあと、ふと胸につかえを覚えます。幼い読者もきっとそうなのでしょう、一緒に読み、本が閉じられると、しーんと静まりかえります。人間の身勝手さや生きることの悲しみについて、ああそうだったのか、と“わかる”のは、大人になってからでいいのかもしれません。黒と白の版画のように描かれる躍動的な絵が、この不思議な物語を読者の心にくっきりと印象づけるはずですから。そして、作家の誠実なメッセージは時を経ても色あせたりしないのです。
『へんなどうつぶ』という絵本も、のっけから謎めいています。「どうつぶ?どうぶつの誤りじゃないの?」から始まり、中身を読めば、「この恐竜のような生きものは何?まゆげもあるし」とか「“じゃむ・じる”という食べ物はどんなもの?」など頭の中には「???」が乱れ飛びます。寓話的なスタイルで物語は進行しますから、登場人物に内面らしい内面もありません。しかし、その読者を突き放した体裁は、『100まんびきのねこ』同様、いっそ清々しくさえあるのです。

「あんたは、なんちゅうどうぶつだい?」と「ボボじいさん」に尋ねられ、「ぼか どうぶつじゃない。ぼか どうつぶ!」と答えた生きものは、犬のようでもありキリンにも似ていて「あたまの さきから くるりと まいた しっぽの さきまで、きれいな あおい とげとげ」がついていました。お腹をすかせていた「どうつぶ」でしたが、ボボじいさんが用意するごちそうには目もくれず、「にんぎょう」が好物だと言います。

「でも あんたは、たぶん きかんぼの こどもたちの にんぎょうだけを とりあげるんだろ」と、ボボじいさんは、きを とりなおして ききました。
「うんにゃ、とくべつ いい こどもたちから とりあげるのさ」と、へんな どうつぶは、うきうきしながら いいました。

子どもたちの大切な人形が食べられてしまうと考えただけで、ボボじいさんの目からは大粒の涙がこぼれ落ちます。そして、気位の高いどうつぶの「せなかのあおいとげとげ」とほそいしっぽが(もっと)立派になるからと言って、自身の作った「じゃむ・じる」をどうつぶに食べさせることに成功するのです。 少々毒を含んではいても、無造作な語りは昔話のそれのようで、展開は素朴。でも大胆です。お話の最後、山のてっぺんに座った「どうつぶ」が、その長く長くなったしっぽを山にまきつけた場面は、まさにファンタジーの真骨頂。ブラボー!と手をたたきたくなります。その「どうつぶ」の口へ「じゃむ・じる」をせっせと運び続ける無数のことりたち。ほかのだれにも描けない、この作家独特の世界は、1929年(昭和4年!)にアメリカで出版されてから94年経っても、全く古びていません。かつて“岩波子どもの本”シリーズの1冊でしたが、2010年に出版社を替え、以前よりひとまわり大きな本となって再版されました。

プロフィール

吉田 真澄 (よしだ ますみ)

長年、東京の国語教室で講師として勤務。現在はフリー。読書指導を行いながら、読む本の質と国語力の関係を追究。児童書評を連載するなどの執筆活動に加え、子どもと本に関する講演会なども行う。著書に『子どもファンタジー作家になる! ファンタジーはこうつくる』(合同出版)など。

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