ブックトーク

『イギリスとアイルランドの昔話』

世代を超えて読み継ぎたい、心に届く選りすぐりの子どもの本をご紹介いたします。

痛快、時に恐ろしくて、でもわくわくする昔話集

石井 桃子 編・訳/ジョン・D・バトン 画/福音館書店

子どもたちが本の楽しさに気づき、そして夢中になっていく道のりは様々で、短絡には説明できません。ただ、ひとつ言えるのは、良質で本格的なファンタジー作品への重要なガイドの役割を果たすのが昔話であるということです。
子どものために創られた文学は、大人の文学に比べて、圧倒的にファンタジーの中に多くの名編が数えられます。舞台が異世界であっても、魔法を遣える異形たちが登場しても、優れた文学では、常に人間そのものが、そしてその内面が語られます。舞台を日常から離したからこそ、より人間の本質が際立って見えてくるのでしょう。耕された想像力がなければ入り込めないその出発点が、昔話なのです。

『イギリスとアイルランドの昔話』を読んでいると、幾世代にも渡って語り伝えられてきた口承文芸の底力とエネルギーを感じます。情緒を排して語りに徹したテキストは、時に残酷で、また時に恐ろしく、そして、笑いを誘うものでもありますが、そのほとんどが、あっけないほどストンと終わってしまいます。大事なことは全て言い尽くした、と言わんばかりの潔い閉じられ方は、まるで、できごとの方が意志を持ち、人の声を借りながら生き残りを望んだのだと思えてしまうほど。
たとえば、子どもたちが大好きな怖いお話「ミアッカどん」や「元気な仕立て屋」では、巨人やバケモノの正体は謎のままですが、主人公が遭遇する(自ら引き起こすと言ってもいいかもしれませんが)それぞれのできごとは、目を見張るほど型破りです。この語りの独創性を前にしたら、挿絵さえ不要に感じます。実際、「仕立て屋」が出会うバケモノは、私の想像ではもっとずっと大きかったのに、挿絵を見てちょっと落胆しました。
この本を、私は数えきれないほどの頻度で小学生たちと読みましたが、その時、彼らは決して消極的な聞き手ではありませんでした。声に出して読む私を食い入るように見つめながら、実は、頭の中では、耳に届く言葉やイメージの映像化にせっせと勤しんでいるのですから。想像力って素敵だな、と思う瞬間がそこにはあります。
「三びきの子ブタ」、「ジャックとマメの木」、「トム・ティット・トット」といったポピュラーな昔話も収められています。こうした一度は触れた経験のあるお話も、改めて読めば、その奇抜な展開とテンポの良さで、新鮮に楽しめます。「三びきの子ブタ」のずるいオオカミのセリフ「そんなら、おれは、フッとふいて、プッとふいて、この家、ふきたおしちゃうぞ!」は、例によってお話の中で3回繰り返されるわけですが、声に出して読んでる方も小気味よい軽妙なリズムにウキウキするし、聞き手の子どもたちは、覚えてしまったセリフを一緒に唱え始めます。

昔話は、やはり、誰かの声で楽しみたいものです。読み手はなるべく途中でつかえたり口ごもったりせず、一気に語って、お話の舞台に引き込みます。事も無げにあっさりとお話は終わってしまいますが、意味なんか考えず、聞き手にはただ「おもしろかったー」と満たされてほしい。そして、「おもしろかったー」を何度も体験したら、きっと、もっとおもしろそうな本に手が伸びるはずです。だって、次に彼らに手にして欲しいファンタジーは、多種多様で広大な文学世界。輝かしい個性がひしめき合う豊かな世界です。探検しがいがあるでしょう。
人間が生きるということ――理不尽あり、思いがけない災難あり、でも、腹をかかえて笑える日もある――に根差した昔話をお薦めします。

プロフィール

吉田 真澄 (よしだ ますみ)

長年、東京の国語教室で講師として勤務。現在はフリー。読書指導を行いながら、読む本の質と国語力の関係を追究。児童書評を連載するなどの執筆活動に加え、子どもと本に関する講演会なども行う。著書に『子どもファンタジー作家になる! ファンタジーはこうつくる』(合同出版)など。

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