ブックトーク

『町にきたヘラジカ』

世代を超えて読み継ぎたい、心に届く選りすぐりの子どもの本をご紹介いたします。

自然に生きるものたちとの共生

フィル・ストング 作/クルト・ヴィーゼ 絵/瀬田貞二 訳/徳間書店

 シカ科最大の動物「ヘラジカ」、と聞いても、実際にその姿を近くで見た経験が無ければ今ひとつピンとこないかもしれません。体長は2メートルを超え、大きな個体では重さ800キロにも達するという見事な体躯は、私たち日本人が知るシカとはスケールが違います。なんと言っても、「ヘラジカ」と言えば、大きなヒイラギのようにギザギザで囲まれた平たい角が特徴的です。シカやトナカイの角も、健やかな樹木と見間違えるほど立派ですが、ヘラジカのそれは、厚みのある巨人の手のひらのごとく、神々しくもあり、ちょっとグロテスクでもあります。「森の王」とも呼ばれるヘラジカの顔は、しかし、のんきそうな馬に似ていて親しみもわくのです。

 さて、そのヘラジカが騒動を起こす今回のお話の舞台は、アメリカ北部の田舎町です。お話の冒頭で、仲良しの二人の男の子、ワイノとイバールは「でかいヘラジカをやっつけていたらなあ」「だんろの上に、あいつのつのがかざれたのになあ」と勇ましく話しています。けれど、もちろん、これは本気ではないのです。なぜなら、ヘラジカときたら、うんと大きなウマよりずっと大きいし、はりだしたつのの大きさは、かまど台ぐらいありますから。

 ワイノとイバールそれぞれの両親は、フィンランドからアメリカのミネソタに移住してきた人たちで、イバールの父さんは、ビロラの町で、鉄鋼や切り出した材木の運搬に使う馬を預かる貸しうまやをやっていました。二人はストーブで温められたその事務室で、スキーの手入れを始めます。そして、ドアを開けて、うまやへ通じる暗い廊下に向かって空気銃を打ったとき、「ブォォーン、ボーン、ブォォーン!」と、もの悲しい大きな音が鳴ったのです。怖さですくみそうなのに、互いに平静を装い合う二人。実際にヘラジカの存在を確認し、一度は事務室に逃げ帰った二人でしたが、再び勇気を振りしぼってヘラジカのもとに向かうのでした。

 きてみると、ヘラジカの、ものすごく大きいこと!いちばん大きなウシよりもはるかに大きいのです。どうどうとはりだした大きなつのは、ひらたいサボテンの枝のようで、どの枝もみんな、シャベルぐらいの大きさがあります。

 間近でヘラジカを見上げた少年たちの興奮が伝わってきます。この後、イバールの父さんや駐在さん、町長さんなど、大人たちも合流し、騒ぎはますます膨れあがるのです。

 巨体で屈強なヘラジカは、体格のいい大人でも恐ろしい動物なのだと、人々のてんやわんや振りからわかります。ミネソタ州のビワビクという町で起きた実際の出来事をモデルに書かれたということですが、気候も生活習慣も日本とはかけ離れたこうした異国のお話は、事実と想像が乱反射する楽しみがあって、心ひかれてしまいます。なにしろ零下30度の凍てつく土地での出来事ですから。とはいえ、そこに根を下ろしてたくましく生きる人たちは、あたたかく野太いユーモアを持ち合わせています。みんなで策を練ってみても、野生動物の行動を制御するなんて不可能。そのうち愛着まで湧いてきてしまうのは、いかにも人間らしいと感じるのです。

 クルト・ヴィーゼの挿画は、やわらかなタッチながら、ボーン(=ヘラジカ)の堂々たる立ち姿や嵩高(かさだか)な角を威勢よく描いています。もちろん、時には愛敬たっぷりのボーンです。全ての登場人物に好感を抱かせる明るい絵が、お話の雰囲気にとても合っています。

プロフィール

吉田 真澄 (よしだ ますみ)

長年、東京の国語教室で講師として勤務。現在はフリー。読書指導を行いながら、読む本の質と国語力の関係を追究。児童書評を連載するなどの執筆活動に加え、子どもと本に関する講演会なども行う。著書に『子どもファンタジー作家になる! ファンタジーはこうつくる』(合同出版)など。

関連リンク

おすすめ記事

『イギリスとアイルランドの昔話』『イギリスとアイルランドの昔話』

ブックトーク

『イギリスとアイルランドの昔話』

『名馬キャリコ』『名馬キャリコ』

ブックトーク

『名馬キャリコ』

『へんなどうつぶ』『へんなどうつぶ』

ブックトーク

『へんなどうつぶ』


Back to TOP

Back to
TOP