ブックトーク

『氷の花たば』

世代を超えて読み継ぎたい、心に届く選りすぐりの子どもの本をご紹介いたします。

花束のような短編集『氷の花たば』

アリソン・アトリー作/石井桃子・中川李枝子訳/岩波書店/640円(本体価格)※版元品切れ重版未定

短編集は断然美しくなければ、と子どものころから信じ続けてきました。長いお話を読んでいる時間は旅に似ていて、出会いと別れ、そしてスリルも感動も……と、その旅の間に、わたしたちはさまざまな経験を積みます。一冊を読み終えるころには、かなりの疲労を感じてしまうので、新たな旅に再び出発するためには時間が必要でしょう。一方、短編集は、種々の草花を集めてまとめた花束のよう。一編一編それぞれの持ち味が、束ねられてまたフレッシュな香気を放ちます。短編の名手と呼ばれる作家に詩人が多いのも当然かもしれません。

奇(く)しくも、今回ご紹介する短編集は『氷の花たば』。ロマンティックなお話はもちろん、昔話風に語られる生命力に満ちたお話や、幼い子どもたちに訪れた夢の一夜を躍動的に描いた物語など、6話が収められています。細部まできっちりと再現された自然描写は、アトリーのほかの作品と同様で、感触が手肌に伝えられるほどみずみずしく現実的です。その生きた表現が優美なファンタジーを支え、成熟した語りは大人の読者をも酔わせます。

しんと冷えた冬の夜、「わたしを救えるのはあなただけだ」と少女に訴えるのは、燃えたぎる炎の中から現れた一頭のクマ。古い城壁で一人遊びをする少女の傍らで、いつも彼女を見つめていたという金色に輝くそのクマを、やがて少女は恋い慕うようになるのでした(『木こりの娘』)。表題作『氷の花たば』では、雪の降る寒い晩、真っ白なマントに身を包んだ背の高い男が、ワトソン家のドアをたたきます。氷の杖を握ったその男は、今や美しい娘に成長したローズがまだ赤んぼうだったころに、その父親と言い交わしたある約束・ ・ ・ ・を果たすためにやって来たのです。「おまえと約束したものをもらいにきた」と言いながら、じっとローズを見つめる男。娘を渡したくない父親の抵抗をよそに、しかし、ローズはきっぱりとこう言い放ちます。

 

「父さん、あたし、冬がくるたびに、この人に会ってました。この人は、いたんです、森のなかに。小川に息を吹きかけたり、あたしをよろこばせようとして、家の窓にかわいらしい庭をつくってくれたりしながら。あたし、知ってました。いままで、じっさいには会ってなくても、あたし、それを知ってました」。

実在の手応えをもったローズの言葉は、夢想的なストーリーの重石(おもし)となって、ずしりと読む者の心に留まります。愛することを知った人間の強さと気迫が感じられる物語の山場です。

主人公の少女が幼いころからそばにいて、実はずっと彼女を見守っていた異界の者――どちらのお話も、筋だけを追っていけば、どこかで目にした(あるいは耳にした)昔話のようかもしれません。けれども、登場人物の気持ちの変化をデリケートな筆致でたどり、その背景を具体的に、しかも親しみをこめて美しく語ることで、すっぽりと包みこまれてしまうような独特の世界を創りあげています。少女の柔らかな髪に散りかかるサクラの花びら、リンネルを滑るように縫いあげる針や「6月の花のようにかぐわしい香り」をはなつ12月の赤いバラなど、五感を刺激され、心にくっきりとその像を結ぶことができる小道具の数々も魅力的。華奢(きゃしゃ)な輪郭を指先でそっとなでているような感覚さえ懐(いだ)きます。自然の恩恵を繊細に感じとり、そのさまを匂(にお)やかに語ることのできる作家アリソン・アトリー。その才筆ぶりを再確認できる珠玉のファンタジー集です。同じテイストの『西風のくれた鍵』(版元品切れ)とご一緒にお楽しみください。

プロフィール

吉田 真澄 (よしだ ますみ)

長年、東京の国語教室で講師として勤務。現在はフリー。読書指導を行いながら、読む本の質と国語力の関係を追究。児童書評を連載するなどの執筆活動に加え、子どもと本に関する講演会なども行う。著書に『子どもファンタジー作家になる! ファンタジーはこうつくる』(合同出版)など。

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