ブックトーク

『こんにちは、いたずらっ子エーミル』

世代を超えて読み継ぎたい、心に届く選りすぐりの子どもの本をご紹介いたします。

主人公エーミルのまっすぐな好奇心『こんにちは、いたずらっ子エーミル』

アストリッド・リンドグレーン作/ビヨルン・ベリイ絵/石井登志子訳/徳間書店/本体価格1,500円(税別)

子どもたちが待ちに待っていた「エーミル」の絵本です。いたずらっ子「エーミル」が主人公のお話はこれまでも何冊か出版されていましたが、大人の手助けがなければ小さな子どもたちにはなかなか楽しめない体裁の本でした。別の本にあった既知のエピソードでも、いきいきと跳ねまわる主人公の挿絵つきのこの本で再読すれば、まるでにぎやかな声まで聞こえてきそうなボリュームで存分に楽しめます。

スモーランド地方(スウェーデン南東部)レンネべリア村のカットフルト農場で暮らすエーミルの家族と動物たちが、冒頭の見開きで丁寧に紹介されたあと、いよいよエーミル少年のいたずらの数々がこれでもかと畳みかけるように語られていきます。なにしろ、エーミルは「おりこうさんで、おなじいたずらは 二どと しませんでした」が、「かわりに、いつでも あたらしいいたずらを かんがえつく」のですから。妹のイーダを旗の代わりに高い柱の先につるしたり、担任の先生に熱烈なキスをしたり、市長さんのパーティー会場に馬で乗り付けテーブルをめちゃめちゃにしたり、ページをめくるたびに、驚く大人をよそに、エーミルは、もりもりといたずらをしかけます。
「いたずら」というより、彼は、興味があることにまっしぐらなだけなんです。そして、すぐに夢中になってしまうというわけです。彼のそんな一途さは、むろん周囲を巻き込み、時には大騒動に発展しますから、お父さんからお灸を据えられることだって日常です。暗い木工小屋で、反省のしるしとして「木のおじさん人形」を彫らされるエーミル。ふてくされ口をへの字に曲げて、ひたすら人形を彫り続ける彼を描いたページは、この物語の中で、唯一の静止画かもしれません。「スプーンおばさん」シリーズの挿絵画家として知られたベリイが描く登場人物たちは、大人も子どもも生気に溢れ、ぴんしゃんしています。笑うときはのけぞって大声で遠慮なく笑い、腹が立てばきちんと憤りを露わにします。駆け巡るような時間の流れを描きつつ、その山場にきちんとフォーカスしながら読者を満足させてくれる絵です。

損か得かを考えたり、生半可なところで自分をごまかしたりしないで、主人公は自分の手足を余すところなく使っていたずらに邁進(まいしん)します。もちろん、ほかのリンドグレーンの作品と同様に、両親が彼に向ける惜しみない愛情と、周囲の大人の温かなサポートが彼の行動の全てを支えていますが、その贅沢な子ども時代を、誰におもねることなくのびのびと、おしおきなんかものともせずに、主人公は全身で満喫しているのです。

お話の結びの一節は、世のいたずらっ子たち(とそのお母さんお父さんたち)にとって希望の言葉のように響くかもしれません。物語はここでいったん閉じられても、大人になるための冒険は続いていく――そして、未来は明るいのだ――という立体的で前向きな終わり方を大変好ましく感じました。

プロフィール

吉田 真澄 (よしだ ますみ)

長年、東京の国語教室で講師として勤務。現在はフリー。読書指導を行いながら、読む本の質と国語力の関係を追究。児童書評を連載するなどの執筆活動に加え、子どもと本に関する講演会なども行う。著書に『子どもファンタジー作家になる! ファンタジーはこうつくる』(合同出版)など。

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