ブックトーク

『つなひき』

世代を超えて読み継ぎたい、心に届く選りすぐりの子どもの本をご紹介いたします。

果てしないスケールで描く 『つなひき』

ジョン・バーニンガム作/谷川 俊太郎訳/BL出版/本体価格1,500円(税別)

2013年に邦訳されたバーニンガムの作品です。カバー裏には、「1968年出版の絵本を再編集し、文章もバーニンガム自身が書き直したもの」と説明されています。1960年代に創られたこの作家の作品は、どれも、太くがっしりとしたデッサンと油絵の具で大胆に塗り重ねたような画面が特徴ですが、この作品も、その骨太な作風の系列に連なる一冊です。
巨体を誇るカバやゾウに、「みっともない ながながみみの ちびの ひょろすけ」などと馬鹿にされていた野ウサギは、策略をめぐらせます。カバとゾウそれぞれに、自分と「つなひき」をしようともちかけ、造作なく誘いにのった二頭を競わせるのです。カバは川の中で、ゾウは森の中で、見えない相手をウサギと信じて、明けても暮れても「つな」を引き合いつづけます。二頭の力は拮抗し、なかなか勝負がつきません……。

アフリカの民話をもとにした簡潔な筋で、一番弱いものが知恵と勇気を駆使して力の強いものを倒す、という昔話では定番のストーリーです。しかし、バーニンガムが再話することで、登場人物たちには――少々誇張気味ではあるものの――性格付けがなされ、自由奔放な構図と目の覚めるような色彩の絵が、動物たちの住む舞台となるジャングル(お話には「森」とありますがジャングルのほうが絵にしっくりきます)のスケールの果てしなさを存分に描き出しています。陸地のゾウと川辺のカバ、二頭の巨大さが感じられるよう、対象ギリギリまで迫ったクローズアップの構図、あたかもドローンで撮影したかのような空からの、縦横多面的な構図。そして、何と言っても、こっくりとした深みのある力強い色遣いに目を奪われるのです。瑪瑙(めのう)のように茶色がかった一面の夕空、下の方には、二羽のフラミンゴがぼんやりと白く浮かび上がっています。麦わら色の大きな月と漆黒の夜空――ここでは、大きな動物であるゾウでさえ、月との対比で、こじんまりと見えます。大きな画面を勢いよく走る線と非凡な色遣い、総掛かりで表出される異世界に、昔話絵本であることさえ忘れそうです。

堂々と異彩を放つ画面には、しかし、そんな背景とは少々釣り合いの悪い無表情な動物たちがたくましく登場します。バーニンガムの他の作品がそうであるように、その面持ちにしんみりとした淋しさが漂います。明快な昔話の筋なのに、まんまと“してやったり”の最終場面を迎えたウサギの“無”表情までもが、そこはかとなく哀愁を帯びて見えるのです。1963年のデビュー作『ボルカ』から、『バラライカねずみのトラブロフ』、『はたらくうまのハンバートとロンドン市長さんのはなし』、『ずどんと いっぱつ――すていぬシンプ だいかつやく』、そして1968年刊行のこの本。1960年代に発表されたバーニンガムの初期の作品には、どれも、ほろ苦い寂莫を感じます。その美的情緒のようなものが、重厚で男性的な絵と不思議に混ざり合って、希有なオリジナリティーを生みだしているのです。

プロフィール

吉田 真澄 (よしだ ますみ)

長年、東京の国語教室で講師として勤務。現在はフリー。読書指導を行いながら、読む本の質と国語力の関係を追究。児童書評を連載するなどの執筆活動に加え、子どもと本に関する講演会なども行う。著書に『子どもファンタジー作家になる! ファンタジーはこうつくる』(合同出版)など。

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