ブックトーク

『ウィロビー・チェースのオオカミ』

世代を超えて読み継ぎたい、心に届く選りすぐりの子どもの本をご紹介いたします。

少女二人の命懸けの冒険『ウィロビー・チェースのオオカミ』

ジョーン・エイキン作/こだま ともこ訳/冨山房/本体価格1,619円(税別)

 舞台となる架空の時代のイギリスでは、寒さを嫌うオオカミの群れが、英仏海峡トンネルを通って押し寄せてきていました。人々はオオカミの脅威にさらされながら生きています。けれども、物語の主人公はオオカミではありません。冒頭部では、凍(い)てついた荒野に遠吠えを不気味に響かせ、列車の窓を突き破って少女を襲う、という恐ろしい野生を振るったオオカミも、お話が進行するほどに影が薄くなっていきます。題名でその存在感を大きく謳(うた)いながら、物語の中心に躍り出る展開も見せず、禍々(まがまが)しい空気の表象のようなオオカミ。では、本当の主人公は?といえば、ロンドンから遠く離れたウィロビー高原にぽつんと建つ広大な屋敷で贅沢(ぜいたく)に暮らす少女ボニーと、そのいとこの少女シルヴィアです。

 両親を熱病で亡くしたシルヴィアは、年老いたおばさんとロンドンで暮らしていましたが、その貧しい生活もままならなくなったため、ウィロビーの屋敷、ウィロビー・チェースへひとりで向かいます。ちょうど同じころ、ウィロビー・チェースでは、長旅に出るボニーの両親の代わりとなる遠縁の女性が家庭教師として屋敷を訪れていました。この家庭教師スライカ―プと、その後、二人の少女が連れて行かれる学校(とは名ばかりの収容施設)の責任者ブリスケット夫人の非道ぶりは、ただごとでない凄まじさで、悪心に骨の髄までむしばまれた人間のおぞましさをこれでもかと見せつけます。そこに、文字通り、知恵と勇気で立ち向かう全く異なる出自の少女二人の物語です。

 ストーリーは明快だし、敵役の女たちには、邪行をためらう人間的な深みが微塵(みじん)も見られません。ロアルド・ダ―ルが描く不作法な大人にも似た冷酷な悪漢たちから、二人の少女がいかにして自由を勝ち取るのか見届けるまで、しかし、ページをめくる手を止められないのは、冒険物語としての疾走感に読者が昂揚(こうよう)するためなのでしょう。悪を弾ね返すために強固に結ばれる友情と、逃げずに闘う少女たちの果断な勇ましさが、両輪となってお話を推進します。彼女たちの窮地を救うガチョウ飼いの少年の活躍も見逃せません(その少年サイモンは、この後のシリーズで、更に力戦奮闘します)。類型的な人物描写は、この物語の大きな傷にはならないようです。エンターテインメントとしての完成度の高さが、ご都合主義さえ味方につけて、正直でやさしい登場人物たちがみな報われる結末を期待せずにはいられなくなるからです。

 このお話がアメリカで出版されたのは1962年。エイキンといえば、1950年代から発表した数々の短編ファンタジー(『おとなりさんは魔女』『ねむれなければ木にのぼれ』、『しずくの首飾り』など)が有名です。しかし、その一方で、作者は、この『ウィロビー・チェースのオオカミ』にはじまる一連の長編制作に40年という年月を費やしています。創り手が自身の熟達したストーリーテラーぶりを存分に開放し、その熱が、読者を巻き込んで快走する一冊です。

プロフィール

吉田 真澄 (よしだ ますみ)

長年、東京の国語教室で講師として勤務。現在はフリー。読書指導を行いながら、読む本の質と国語力の関係を追究。児童書評を連載するなどの執筆活動に加え、子どもと本に関する講演会なども行う。著書に『子どもファンタジー作家になる! ファンタジーはこうつくる』(合同出版)など。

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