ブックトーク

『ひよこのかずはかぞえるな』

世代を超えて読み継ぎたい、心に届く選りすぐりの子どもの本をご紹介いたします。

幸せの皮算用『ひよこのかずはかぞえるな』

イングリ・パーリン・ドーレア  エドガー・パーリン・ドーレア 作/瀬田 貞二 訳/福音館書店/本体価格1,300円(税別)

原題は“DON’T COUNT YOUR CHICKS”。Don’t count your chickens before they are hatched(たまごがかえらないうちにひなの数をかぞえるな)とは、「捕らぬ狸(たぬき)の皮算用」「穴の貉(むじな)を値段する」などの故事に相当します。そのどこか功利的な小狡(こずる)さも感じさせることわざを、楽しく夢のある一冊に仕立てたのがこの絵本です。主人公は、コロコロとよく太った気のいいおばさん。ちょうど3ダース、36個のたまごを町へ売りに行く途中、「たまごをうって、ほしいものを てにいれたい、おばさんの ゆめに ひがつきました」――。

まずは、めんどりを買ってたまごを増やし、ひよこをかえしましょう。次に、羊とがちょう、豚や牛を飼い、さらには従順な召使いも雇います。そして、ついにはお金持ちの農場主からプロポーズされ(このおばさん、独身だったのです!)、おばさんは大きなお屋敷の「おくがたさま」におさまるはず・・です。果たして……大きくふくらんだおばさんの夢は、どんな結末を迎えるのでしょうか?

表紙には、目の覚めるようなターコイズブルーを背景に、立派なめんどりが描かれます。カラーと白黒を交互に配した画面作りがこの作家の作品の特徴ですが、石版画のやわらかさと鮮やかで温かみのある色彩には、どこか時代めいた落ち着きもあり、長年にわたり画家として修業を積んだというその力量に納得です。見返しにはたくさんのたまご。殻を突き破って出てきているのは、叶(かな)うはず・・のおばさんの夢の数々です。愛嬌(あいきょう)あるおばさんはもちろん、遊びごころ満載の絵は魅力的。作者自身が楽しみながら描いたのだとその陽気な画面が教えてくれているようです。たまごを持って市場へ向かうおばさんの後をひたすら追いかける黒白の猫は、ときに大きなカエルとにらめっこ。えさ箱の中であおむけに転がったブタは愉快だし、たくましいおばさんの陰にすっぽり隠されてしまったひ弱そうなお婿さんにも笑いを誘われます。潰えたおばさんの夢の残像は、道端に飛び散ったたまごの黄色で描かれ、おばさんの帰宅を歓迎する犬は、二本足のおもしろい立ち姿を披露してくれます(きっと、猫のように一緒についていけなかったのが不満だったのでしょう)。

妻イングリの故郷であるノルウェーを何度も縦断旅行したという作者ドーレア夫妻。『オーラのたび』や『トロールものがたり』といった、ノルウェーの風俗と色彩を魅力的に伝えてくれる作品からは、その国をいかに二人が愛したかもうかがい知れます。この絵本でも――舞台は明確ではありませんが――主人公の家を覆うように林立する樹のアーチは、いかにも鬱蒼(うっそう)としたノルウェーの森へ続く入り口のようだし、がっしりとした木製テーブルは、美しく機能的なデザインを誇る北欧のそれのようです。

さて、この本の題名にもなっている冒頭のことわざですが、物語を読み通してみれば、なるほど、考え方としては悪くないに違いない、とうなずけます。幸せに慎重な人は、“ぬか喜び”を恐れ、なかなかプラス思考にはなれないもの。一方、わが身に起こり得る幸福について語れる人は、たいていおおらかで、たとえ当てが外れても、それをまるごと受け容れるタフさも持ち合わせています。楽しいことを想像しながら生きていくのは、自らの幸せを創造するのに似ているのかもしれません。おばさんの最後のセリフを読みながら、そんなことを考えたわたしです。

「わたしにゃ くらしていける ちいさい うちがあるし、ひとりぼっちに ならないですむ いぬと ねこがいるし、
まいあさ おこしてくれる おんどりも、まいにち たまごを うむ すてきな めんどりも、いてくれるもの。―中略―
なんて しあわせなこったろう」

プロフィール

吉田 真澄 (よしだ ますみ)

長年、東京の国語教室で講師として勤務。現在はフリー。読書指導を行いながら、読む本の質と国語力の関係を追究。児童書評を連載するなどの執筆活動に加え、子どもと本に関する講演会なども行う。著書に『子どもファンタジー作家になる! ファンタジーはこうつくる』(合同出版)など。

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