ブックトーク

『赤いカヌーにのって』

世代を超えて読み継ぎたい、心に届く選りすぐりの子どもの本をご紹介いたします。

初めてのカヌー、初めての川下り『赤いカヌーにのって』

べラ・B・ウィリアムズ 作/斎藤 倫子 訳/あすなろ書房/本体価格1,300円(税別)

黄緑色の見返しをめくると題名があって、その裏には「大きな川にも、小さな川にも、大きなともだちにも、小さなともだちにも、ありがとう!」と書かれています。物語を最後まで楽しんでから、再びこの冒頭の言葉を読み直してみると、初めて川下りを体験した少女の喜びと興奮が、いちだんと鮮やかに伝わってきます。

学校がえりに、赤いカヌーがうりにだされているのを
みつけたのはあたし。
よそのうちのにわに、おいてあった。

物語は、主人公の「あたし」が、「カヌーうります」と書かれた看板を発見したところから始まります。「みつけたのはあたし」というきっぱりとした宣言に、この少女の新しい挑戦への積極的な意欲を感じて、それだけで胸が高鳴ります。主人公の未知なるものへ向けられる前向きな好奇心は、いつだって物語の原動力となるのですから。さっそく、「かあさんと、ロージーおばさんと、いとこのサムと、あたしで、お金をだしあって」カヌーを購入し、キャンプに出かけることになりました。まずは、カヌー初心者の「あたし」とサムのために、かあさんとおばさんが「ぴったりの三日間のコース」を地図の中に探し出してくれます。かあさんとおばさんのカヌーの腕前はちょっとしたものらしく、「あたし」たちが生まれる前、二人は、ずいぶん遠くまで旅をしていたらしいのです。ですから、むろん準備にはぬかりありません。ページをめくると――

これ、ぜーんぶ、もっていくんだよ。

キャンプに持っていくために用意したものが、ぎっしりと描き込まれています。うきうきする昂揚(こうよう)、わくわくする待ちきれない気持ち、すべてが詰まったたくさんの荷物の上で、「ねこのシックストウ」がすやすやと眠っています。そして翌日、赤いカヌーを自動車の上に積んで、いよいよ出発です。

一見、「あたし」たちが何をしたかが雑然と書き込んであるだけの本に見えてしまうのは、できごとにそった「あたし」の気持ちがほとんど表われていないせいでしょうか。テントの組み立て方や、カヌーを川岸へつなぐためのロ―プの結び方、さらにはフルーツシチューのつくり方まで、実用書さながらの丁寧さで、詳細に解説されています。とはいえ、絵日記風にすべてが「あたし」の視点で飾り気なく語られるので、色鉛筆で描かれた素朴な絵とも相まって、初めてのキャンプを全身で楽しみつくす少女の姿がくっきりと浮かび上がります。あれもこれもと書ききれないほど盛りだくさんな毎日であったことが、紙面からあふれでるように紹介されているのですから。彼女が何に心動かされ、夢中になったのか、たとえ主人公の思いが直に表現されていなくても、きびきと歯切れよく読者に伝わるのです。自然を相手ににぎやかに奮闘した三日間が終わり、物語が静かに閉じられたとき、わたしたちの心の中には――主人公の少女と同様に――ふくふくとした満足感が広がります。

包容力のある温かい視点を保ちながら、なおかつ淡々とすがすがしく、登場人物の心に迫る物語を描くべラ・ウィリアムズは、私の大好きな作家の一人です。

プロフィール

吉田 真澄 (よしだ ますみ)

長年、東京の国語教室で講師として勤務。現在はフリー。読書指導を行いながら、読む本の質と国語力の関係を追究。児童書評を連載するなどの執筆活動に加え、子どもと本に関する講演会なども行う。著書に『子どもファンタジー作家になる! ファンタジーはこうつくる』(合同出版)など。

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