ブックトーク

『ハートビート』

世代を超えて読み継ぎたい、心に届く選りすぐりの子どもの本をご紹介いたします。

12歳の少女が語る家族、そして命について『ハートビート』

シャロン・クリーチ 作/堀川理万子 絵/もきかずこ 訳/偕成社/本体価格1,400円(税別)

12~14歳ぐらいの女の子と話していると、彼女たちのどこかにかつての自分を見つけます。自身の欠点をあげつらっては深いため息をつき、そうしたごく個人的な事情と“人はなぜ生きるのか”などという壮大なテーマを綯(な)い交ぜにして悩んでもいた十代前半のわたし。しかし、それを「思春期」などとひとくくりにしようとする大人は大嫌いで、子どもなりに、世間をまっとうな目で見きわめようと必死でもあったのでした。作者シャロン・クリーチは、この年代特有の少女のそんな気持ちを上手に掬(すく)い上げます。1995年、ニューベリー賞を受賞した『めぐりめぐる月』、それに続く『赤い鳥を追って』、そして2002年には『ルビーの谷』でカーネギー賞を受賞しましたが、そのどの作品も12、3歳の少女を主人公とし、まさに彼女たちの問題を彼女たちの視点で的確に語っているのです。喜び、迷い、怒り、といった感情はもちろん、どこかとらえどころのない自身でさえつかみえない些細(ささい)な感情をも、作家は――まるで主人公が読者の分身であるかのように――如実に表現します。それは、この作家の内に、ティーンエイジを生きる彼女たちへの深い信頼があるからこそではないでしょうか?

12歳の主人公アニーが好きなのは、走ることと絵を描くこと。幼なじみの男の子マックスと「雨でも雪でもどろ道でも」毎日裸足で走ります。そんな二人を見て「ちょっとおかしいんじゃない」と言う人もいますがアニーはへっちゃらです。今アニーは、同じりんごを100日間写生し続ける、という学校の課題に取り組んでいる最中で、日ごとに変化するりんごと向きあいながら思いをめぐらします。先生やクラスメートのこと、またはマックスについて。それから、大好きなおじいちゃんや、おかあさんのおなかではぐくまれるまだ見ぬ赤ちゃんについて。

もの忘れがひどくなっていくおじいちゃんは、「40年も毎週のように」作ってきたフライドチキンの作り方を突然忘れてしまったり、若いころの自分の写真を指して「あの小僧はだれだ?」「あいつがわしをにらんどる!」と訴えたりするようになってしまいましたが、それでもアニーのいちばんの理解者であることに変わりはありません。そして……おかあさんのおなかに聴音器をあてて初めてその「心音――ハートビート――」を耳にした感動の日から数カ月、いよいよ弟の「ジョーイ」が生まれてきます。

主人公の日課となったりんごのスケッチをうまくからませながら、「生命」という重いテーマを颯爽(さっそう)と語ってしまう作家の手腕はみごとです。リズミカルな散文形式なのでさらりと読んでしまいがちですが、そこには少女ならではの――息苦しいほどの――高潔さと、柔軟で敏(さと)い感性が深く浸透しています。教員として十数年務めたという作者ですから、その経験もいかされているのでしょう、アニーが学校で受ける授業の内容は(りんごの写生も含めて)風変わりでおもしろく、彼女が自己を見つめ直す手助けともなっているのが素敵です。

アニーがとうとう100日めのりんごの写生を終えると同時に閉じられる物語。迷いや葛藤を、するりと包み込んでしまうような静けさが訪れます。新しい命の誕生と豊かな人生を歩んできたおじいちゃんをたたえるかのような、歓びに満ちた結末です。しかし、残された「涙の形」のりんごの種がわたしたちに告げてもいます。時間はだれの上にも平等に流れ、だからこそ、それぞれの生きる時間がぶつかりあいながら“今”をかたちづくること――そして、“人生は続く”というかけがえのない奇跡を享受するわたしたちであることを。

プロフィール

吉田 真澄 (よしだ ますみ)

長年、東京の国語教室で講師として勤務。現在はフリー。読書指導を行いながら、読む本の質と国語力の関係を追究。児童書評を連載するなどの執筆活動に加え、子どもと本に関する講演会なども行う。著書に『子どもファンタジー作家になる! ファンタジーはこうつくる』(合同出版)など。

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