ブックトーク

『しずかでにぎやかな ほん』

世代を超えて読み継ぎたい、心に届く選りすぐりの子どもの本をご紹介いたします。

日常をドラマティックに詠う『しずかでにぎやかな ほん』

マーガレット・ワイズ・ブラウン 作/レナード・ワイスガード 絵/谷川 俊太郎 訳/童話館出版/本体価格1,500円(税別)

マーガレット・ワイズ・ブラウンは、絵本を楽しみ始めたばかりの幼い子どもたちのためにたくさんの作品を創りました。編集者としての顔ももっていた彼女は、選り抜きの画家と組むことで、自身の作品世界を大きく拡げています。それぞれの画家ならではの個性のもと、独創的で美しく仕上がった作品群は、およそ半世紀を経た今も、断じて古びてはいません。

クレメント・ハードと組んだ『おやすみなさい おつきさま』のささやくような語りとあたたかな月の黄色。太い輪郭とやわらかな筆触が安心感を醸しだす『おやすみなさいのほん』、そして、技巧とは無縁とも思える――しかし、緻密に計算された――自由な線が列車に生命を宿した『せんろはつづくよ』は、ともにジャン・シャローが絵を描いています。

レナード・ワイスガードとは、この『しずかでにぎやかな ほん』の他にも数冊を合作していて、なかでも、‘Noisy Book’(原題)というプードル犬マッフィンを主人公とするシリーズは人気があります。(8冊のシリーズを通して、マッフィンが様々な音に耳をそばだてます。江國香織さんの邦訳で日本でも紹介されていますので、ぜひ手にとってみてください。)

ワイスガードの絵は、モダンアートの様相を呈した大胆な構図が特徴的。『おやすみなさいおつきさま』に比肩する彩色の妙も注目すべき点の一つです。黒を背景に、こってりとしたオレンジと黄色を配した『しずかでにぎやかな ほん』の表紙は、中心のターコイズブルーが画面全体をコーディネイトしているように見えます。このブルーは、フレッシュな朝の空気を運ぶ蒼天(そうてん)のブルーなのですが、新しい一日の始まりを告げるにふさわしい清清しさです。基本は直線、鋭角的な画面の中に、時折混じるなだらかで丸みを帯びた図案、そこに登場する動物や植物は、正確なデッサンで描かれていながら、空想が生み出したユーモラスなたたずまいをまとってもいます。文字の配置や大きさまで、画面を美しく飾る部品の一つとなって読者を楽しませる斬新なデザインは見事です。

一方、マーガレット・ワイズ・ブラウンによるテキストは、身近なものから、ちょっぴりイマジネーションを働かせて楽しむものまで、幼い子どもたちに語りかけるように、そして、彼らの好奇心を刺激しながら進行します。彼女が選ぶ端正な言葉、その清潔なにおいを損なうことなく翻訳する作業の難しさは想像に難くありませんが、谷川俊太郎さんの詩人ならではとも思えるきびきびと軽快な語りが、言葉の余韻とともに心地好く響きます。

ささやかな音が集まって「あたらしい いちにち」を迎える最後の場面は、ドラマティックに、一篇(いっぺん)の詩のように、日常的な変化を颯爽(さっそう)と描きます。幼い子どもたちが持つ美の感得力を決して疑わない創り手の信念さえ感じる一冊です。

 

それは――
のぼってくる おひさま
あさの そよかぜ
すの なかの ことりたちの みじろぎ。
ときのこえを あげようとする おんどり。
―中略―
それは あたらしい いちにち

プロフィール

吉田 真澄 (よしだ ますみ)

長年、東京の国語教室で講師として勤務。現在はフリー。読書指導を行いながら、読む本の質と国語力の関係を追究。児童書評を連載するなどの執筆活動に加え、子どもと本に関する講演会なども行う。著書に『子どもファンタジー作家になる! ファンタジーはこうつくる』(合同出版)など。

関連リンク

おすすめ記事

『イギリスとアイルランドの昔話』『イギリスとアイルランドの昔話』

ブックトーク

『イギリスとアイルランドの昔話』

『町にきたヘラジカ』『町にきたヘラジカ』

ブックトーク

『町にきたヘラジカ』

『名馬キャリコ』『名馬キャリコ』

ブックトーク

『名馬キャリコ』


Back to TOP

Back to
TOP