ブックトーク

『あおい目のこねこ』

世代を超えて読み継ぎたい、心に届く選りすぐりの子どもの本をご紹介いたします。

いつだって前向き!

エゴン・マチーセン 作・絵/瀬田 貞二 訳/福音館書店

就学前までアメリカで暮らしていたその女の子は、小学校2年生になっても、日本語で書かれた絵本をひとりでは読みこなせませんでした。けれども、本を読む大人の声に、何が起きても動じない集中力で全身を傾けつつ、次々と新しい物語へと貪欲に手を伸ばす彼女の姿は、いっぱしの読書家といえたでしょう。ただ、愉(たの)しむために大人の助けが必要だったというだけで。そんな彼女が、何度も何度も「読んでほしい」とせがみ、黙読に挑むきっかけとなったのが、『あおい目のこねこ』でした。

ねずみの国を探しに、たったひとりで旅に出た「こねこ」。やせ細った小さな体をしていますが、礼儀正しい「こねこ」です。「ねずみのくには、どこかしら?」出会った生きものたちに尋ねますが、みんな彼の「青い目」を嗤(わら)います。だけど大丈夫。しおれた気分のときは「おもしろいことをしてみよう。なんにもなくても、げんきでいなくちゃいけないもの」、とふだんとは違う扮装(ふんそう)をしてみるのです。「ふつうの、いいねこは、きいろい目だまなんだよ」と悪口を言われたら、池の水に自分の顔を映してみます。「青い目はきれいだし、かおもへんてこ」ではないことを確かめるために。

きっと作者の人生観なのでしょう。持ち前の健やかな自己肯定力と前向きなエネルギーで、主人公は、屈託なく自分の目指す場所を探し当てます。これほど短く単純な物語が、読者を誠実に励まし、辛い現実のできごとすら、読むことで払拭できる――ある種の薬のような――効能を持つ事実に、懐疑的な大人もいるかもしれません。けれども、いつだって幼い読者たちは、人生を積極的に楽しめる大人からのメッセージを求めているのです。実体験の少ない彼らの日常は、不可解なことに直面するばかりでしょう。そんなとき、生きるということを楽観的に語ってくれる物語の存在が、どんなに彼らを安心させてくれるでしょう。薬のよう、と書いたのは、冒頭で紹介した女の子の記憶があったからです。幾度も幾度も繰り返し物語を読む(聴く)行為そのものが、まるで、心と体を安定させ、傷を治す処方のようだったのですから。

デンマークの作家エゴン・マチ―センの絵は、一見すると無造作で、子どもの落書きのようなカットも散見されます。しかし、輪郭の濃淡や、動物たちの表情、場面の切り替えなど、ゆったりとした余白を背景に展開される絵は、実に軽やかで、デッサン力に支えられた技量を感じます。大きな青い目をぱっちりと見開いた「こねこ」。縦横無尽に跳びまわったら、意表を突くユーモラスな場面をはさんで、「ねずみのくに」へたどり着きます。白い紙の上を駆け巡る輪郭線が、一冊まるごとにリズムを生むのです。

この本が日本で出版されたのは1965年ですから、三代に渡って読み継いできた方々もいらっしゃることでしょう。長い年月のなか、堂々と残ってきた貫録。それは、たくましく陽気な主人公と、こんなふうに描けたら楽しいだろうなと思わせる自由な絵と、そして、それらがまっすぐ読者に届くというはっきりとした感触に裏打ちされています。

プロフィール

吉田 真澄 (よしだ ますみ)

長年、東京の国語教室で講師として勤務。現在はフリー。読書指導を行いながら、読む本の質と国語力の関係を追究。児童書評を連載するなどの執筆活動に加え、子どもと本に関する講演会なども行う。著書に『子どもファンタジー作家になる! ファンタジーはこうつくる』(合同出版)など。

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