ブックトーク

『ブルーベリーもりでのプッテのぼうけん』

世代を超えて読み継ぎたい、心に届く選りすぐりの子どもの本をご紹介いたします。

ファンタジーの世界で遊ぶ 『ブルーベリーもりでのプッテのぼうけん』

エルサ・ベスコフ 作・絵/小野寺 百合子 訳/福音館書店/1,300円(本体価格)

ベスコフの本を拡げると、吸い寄せられるように子どもたちが集まります。妖精やこびとが当たり前に存在する世界を鮮やかに描き上げるのがこの作家のスタイル。しかし、お話がやや単調で盛り上がりに欠けるような気がして、出合ったころには深く印象に残りませんでした。絵は正統な子どもの本らしい愛らしさを誇り、読者に阿(おもね)らず、きまじめに美しく描かれています。子どもたちは絵に惹かれるのでしょうか。それも当然あるでしょうけれど、日記のように淡々と進行するお話が、かえって読者の興味を牽引し、間延びしたように(わたしには)見えた展開も、異世界を映し出す横長の大きな画面によって、そこに留まらないイマジネーションを膨らませるのかもしれません。凝ったところのない明快な筋だからこそ、自由に感じ自由に楽しめるのだと改めて気づいたのでした。

黄色い表紙には弾けそうに熟したブルーベリー。その木の間に巣を張る蜘蛛や両脇を飛ぶ蜂、下面を一列に行進するカタツムリの方に目を奪われてしまうのは、艶々と光るブルーベリーの上に覆いかぶさるように題名が印字されているからです。それでも、このヴィヴィットなクリ―ムイエローの表紙は、手に取るものの心をわくわくさせます。きっと中を開かずにはいられないはずです。

主人公は、赤い帽子をかぶってバラ色の頬をした女の子みたいに可憐な男の子プッテです。お母さんの誕生日を祝うためにフルーツを摘みに来たプッテでしたが、森の中をあちこち探しても見つからないので、切り株の上に腰掛けて泣いてしまいました。そこに通りかかったブルーベリーの王さまの杖で、王さまと同じくらいの―こびとの―大きさになったら、さあ、冒険の始まりです。

小さくなったプッテは、ブルーベリーを青いりんごだと勘違いします。ブルーベリーと同じ色の服を着た七人の男の子たちが、プッテのためにブルーベリーを集めてくれたり、木の皮のボートに乗せてくれたり、さらにこけももかあさんのところでは、赤い衣装に身を包んだ女の子たちがこけももをプッテのために摘んでくれます。男の子たちは、手足や口の周りにブルーベリーの果汁をぺっとりとつけた半ズボン姿で、乗馬さながらにねずみにまたがり、ブルーベリーの森をかけぬけます。一方、ベルスリーブのふわりとした紅白のワンピースを身にまとう女の子たちは、きまじめな顔でこけももを磨き、クモの巣のハンモックでブランコ遊びをします。もちろん両方ともプッテが一緒です。このあたりの絵はとても楽しく、読者の子どもたちも、酔うように画面を見つめます。

動物も虫も、そしてこびとたちも、それぞれが特色豊かに表現され、種の個性が際立っています。そのすべてを包み込む豊かな森を、プッテは小さくなって満喫したのです。なんて幸せな体験でしょう。ベスコフの描く森は、グリム童話の重苦しく鬱然としたそれとは違い、陽気でからりとしています。「冒険」といっても、ですから怖い思いやスリルとは無縁で、どこかのんびりおっとりとしているのです。この、何かに守られながら新しい経験を楽しむというシチュエーションが、読者の子どもたちのちょっと臆病な好奇心を捉えるのかもしれません。ベスコフは、幼い人たちの喜びを知っている作家だと改めて感じます。お話の最後を飾るお母さんへのプレゼントも、カラフルでみずみずしく、とても素敵です。

プロフィール

吉田 真澄 (よしだ ますみ)

「国語専科教室」講師。子どもたちの作文、読書指導を行いながら、読む本の質と国語力の関係を追究。児童書評を連載するなどの執筆活動に加え、子どもと本に関する講演会なども行う。著書に『子どもファンタジー作家になる! ファンタジーはこうつくる』(合同出版)など。

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