ブックトーク

『がちょうのペチューニア』

世代を超えて読み継ぎたい、心に届く選りすぐりの子どもの本をご紹介いたします。

はじめて本と出会ったがちょうが巻き起こす騒動

ロジャー・デュボワザン 作/まつおか きょうこ 訳/冨山房

明るいオレンジ色の表紙に描かれるのは、つんとすました顔の一羽のがちょう。満足気に目をつむり、胸をそらして歩きます。子どもたちは、この主人公に吸い寄せられるように、何度でも本を開きます。そして、クリストファー・ロビンが『くまのプーさん』に向けて愛を込めてつぶやくあの有名なセリフ――「ばっかなクマのやつ!」――のごとく、「(ペチューニアは)ばかだなあ」と、うれしそうに感想を口にするのです。ほんの少しの心地よい優位性、でも、それ以上に、ペチューニアのなかに自分たちと似た部分を見つけてときめくのでしょう。

草地で本を拾ったペチューニア。農場のパンプキンさんが、「ほんを もち、これに したしむ ものは、かしこくなる」と、小学生の男の子ビルに言い聞かせていたことを思い出します。

そして、かんがえて、かんがえて、かんがえた あとで、いいました。
「じゃ、つまり あたしが この ほんを もっていって だいじにしたら、あたしだって かしこくなるって わけね。そうすれば、
もう だれも あたしのこと、おばかさんだ なんて いわなくなるわ」

本とともに眠り、本と一緒に泳ぎはしても、一向に本の中身には関心がないペチューニア。それなのに、賢くなったと思い込んだ彼女の首は、得意げにどんどん伸びて、やがて、他の動物たちの悩みを解決しようと(解決できると)、意気揚々と行動開始です。

たとえば、めんどりのアイダに頼まれて、ひよこの数を足し算するとき、「おやすい ごようよ」と積極的に引き受けながら、「3かける3 だから、つまり6……」、さらに6は9より少ないのかと問われて、「いいえ、おおいんです。ずっと ずっと おおいんですよ」と声高らかに答えるペチューニア。こうした場面では、ペチューニアの間違いを指摘したくてウズウズする読者の子どもたちの笑い声が弾けます。また、大事な場面であてずっぽうに文字を読むペチューニアをおもしろがりながら、一方で、自分にも身に覚えがあるなぁ、と親しみを感じているのです。モノクロとカラーのページを交互に配しているので、くっきりとしたデッサンの黒とビビッドな色、それぞれが引き立って見えます。次は、どんな動物がどんな表情としぐさで現れるか、垢抜けて愉快な構図と色は、ページをめくるたびに、いつだって想像以上に新鮮です。

農場を舞台としたロジャー・デュボワザンの本が子どもたちに支持されるのは、陽気な主人公が、自分自身にも、そして自らが生きる場所にも、肯定的だからなのでしょう。ペチューニアのシリーズの他にも、「かばのベロニカ」や「ワニのクロッカス」など、可憐(かれん)な花の名をつけられた動物たちが、それぞれの個性をいかして前向きにのびのびと問題解決へと励みます。

簡潔な語りはリズミカルで、繰り返しの描写もお話の勢いを加速します。終盤、ようやく本の役割について悟ったペチューニア。もともと素直で面倒見のいい性格の彼女ですから、こんどこそは、農場の助けとなって働いた……と期待したいところです。

プロフィール

吉田 真澄 (よしだ ますみ)

長年、東京の国語教室で講師として勤務。現在はフリー。読書指導を行いながら、読む本の質と国語力の関係を追究。児童書評を連載するなどの執筆活動に加え、子どもと本に関する講演会なども行う。著書に『子どもファンタジー作家になる! ファンタジーはこうつくる』(合同出版)など。

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