ブックトーク

『竜の子ラッキーと音楽師』

世代を超えて読み継ぎたい、心に届く選りすぐりの子どもの本をご紹介いたします。

互いに慈しみ合うふたりの物語

ローズマリ・サトクリフ 文/エマ・チチェスター=クラーク 絵/猪熊葉子 訳/岩波書店

サトクリフといえば、重厚な歴史小説がむろん有名ですし、わたしも、お気に入りを一冊に絞れないほど、そうした読みごたえのある物語を愛読しています。戦乱の時代を舞台に、人間――弱くちっぽけでいながら、ときに強靭(きょうじん)な精神力で困難を克服しうる――の本質を、ダイナミックな筆致でつづった作品群です。しかし、一方で、この作家がもっと幼い人向けに書いた物語にどうしようもなくひかれます。『小犬のピピン』を初めて読んだときには、どの物語とも違う、不思議で清純な美しさに心打たれました。同様にこの『竜の子ラッキーと音楽師』で語られる、音楽師がラッキーにそそぐ愛情や、ラッキーが音楽師に寄せる信頼は、わたしたちが生き物をかけがえのないものとして慈しむ必定として胸を熱くします。ラッキーがおなかを出してうっとりと音楽師になでてもらうところなど、犬や猫と暮らした経験のある人なら、肌感覚でおわかりになることでしょう。

孵化(ふか)した瞬間からずっと音楽師と一緒だった「竜の子ラッキー」。緑色の体は輝くうろこでおおわれ、成長とともに翼も立派になりました。愛するもののできた音楽師は、「いままでになくすばらしい歌」をいくつもつくり、ラッキーとともに旅を続けます。しかし、その幸せな時間は突然断たれました。腹黒い旅芸人にさらわれたラッキーは、見せ物として金儲けの道具につかわれることとなってしまうのです。ラッキーを懸命に探しまわる音楽師……。先日、この絵本を小学生の女の子と一緒に読む機会があったのですが、この場面でどうしようもなく泣けて困りました。

あるとき、門によりかかっていた男の子が、みじめなようすの緑色の怪物を鎖で引っぱって歩いている男を見た、と〔音楽師に〕教えてくれました。その鎖は、三本マストの船をひっぱれるほど重そうだった、とその子はいいました。またあるときには、馬の蹄鉄(ていてつ)をつくっている鍛冶屋がいいました。後ろ足で立った竜の子が、棒であやつられて芸当をさせられお金をかせがされていた、と。レースやリボンを売っているおばあさんが、首に「売り物」と書いた札をさげ、ふくれっつらをした小さなうろこだらけの生き物が、市の屋台の外につながれていた、と話してくれたこともありました。

その無垢(むく)な明るささえ失ってしまったラッキーと、もはや悲しい歌しか歌えなくなってしまった音楽師。作者が、小さな生き物を愛おしむ人だったことは、彼女の作品をいくつか読めばわかりますが、抱き上げたときのやわらかな感触や、あたたかい息づかいなど、命あるものが発する肌理(きめ)が繊細に語られるさまに、物語の質の高さを感じます。ドラゴンという架空の生き物が登場するとはいえ、ここに語られるのは、愛するものを奪われた苦しい喪失の念と、再び相手と寄り添える、何にも代えがたい充足です。生まれしものの運命(さだめ)として、わたしたちがまさしく経験する哀楽が、簡明で外連味(けれんみ)のない、しかしそくそくとして胸を打つ美しさを伴った物語となって、心にすっと入りこんでしみてきます。

パステルを薄くぼかしてファンタジックな印象を強めたような絵は、初めこそ違和感がありましたが、読み進めていくうちに、なるほどお話の優しい雰囲気に似合っているのだな、と納得します。絵はあくまでも物語の邪魔をせず静かです。声に出して読むと、淡々と落ち着いた文章の中に、感情の起伏が深く鮮やかに際立ちます。

プロフィール

吉田 真澄 (よしだ ますみ)

長年、東京の国語教室で講師として勤務。現在はフリー。読書指導を行いながら、読む本の質と国語力の関係を追究。児童書評を連載するなどの執筆活動に加え、子どもと本に関する講演会なども行う。著書に『子どもファンタジー作家になる! ファンタジーはこうつくる』(合同出版)など。

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