ブックトーク

『ぼくだけの山の家』

世代を超えて読み継ぎたい、心に届く選りすぐりの子どもの本をご紹介いたします。

山で生きる少年の暮らし

ジーン・クレイグヘッド・ジョージ 作/茅野美ど里 訳/偕成社

ニューヨークの北に連なるキャッツキル山脈。12歳のサム・グリブリーは、この土地で自給自足の一年を過ごします。ニューヨークでの狭いアパート暮らしから離れ、先祖が放置していた農場跡地へと、たったひとりでやって来たのでした。わずか一年と侮るなかれ、季節ごとに変化する自然は猛々しく、外界に対峙(たいじ)しようと試行する少年の創意工夫は細密で具体的です。あとがきを読むまで、てっきり作者の実体験を語ったノンフィクションだと思い込んでいたくらいです。
サムが家を出たのは5月。妹4人、弟4人の11人家族での日常に閉口していた彼が計画をうちあけると、「いいとも、やってごらん」とお父さんは応えました。列車で北へ向かい、あとはヒッチハイクで山のふもとを目指します。持ち物は、ペンナイフ、紐、斧、火打ち石と火打ち金、そしてアルバイトで稼いだ40ドルです。

はじめは、何もかもうまくいきませんでした。本で学んだとおりに紐と小枝で釣具をこしらえても、魚はイメージしたようにはなかなか釣れないし、必死に時間をかけても火さえおこせない始末。しかし、棲み家を探し、暖炉をつくり、安全な植物を食用に加工するなど、生きるために毎日コツコツと積み上げた行動が、サムをたくましく創造的な腕達者に成長させます。とりわけ、サムの生活を一変させたのは、一羽のハヤブサとの出会いです。
森の王者の如く大空を快走するハヤブサに魅せられたトムは、巣に忍び込んでヒナを手に入れ、フライトフル(frightful =ものすごい)と名付けます。トムによって食料調達の名手へと鍛え上げられたフライトフルは、以後、サムの良き相棒となって、彼の胃袋のみならず、孤独だった心をも満たします。また、サムと交流を持つ森の生きものとして最も印象的だったのはイタチのバロン(baron =男爵)です。言葉による意思疎通が適わない相手との規格外なコミュニケーション。それでも、生きているもの同士として互いを黙諾し合う二人(ひとりと一匹)に不思議な感動を覚えました。
一方で、野生動物の命を糧とする現実もきちんと描かれます。捕らえたシカやウサギは、余すところなく、その全てを有用に使い尽くすサム。静かで重い営みからは、人が生きること、死ぬこと、存在することの切実さが迫ってくるようでした。
図書館司書の女性や、森に迷い込んできた大学教授など、サムを理解し応援してくれる大人たちも登場します。その節度に満ちた、しかし、ちゃんと温かいかかわり方は、誠実で頼もしく、好感が持てました。

作者ジーン・クレイグヘッド・ジョージは、1919年にワシントンD.Cで生まれました。小学生のころ、山腹での暮らしに憧れ家出さえ試みた彼女は(しかし、40分で敢えなく帰宅)、以来、ずっと頭の中で、自分が成し得なかった冒険を全うできる主人公の存在を育んでいたのかもしれません。ナチュラリストで科学者だった父親から授けられた植物や動物についての知識はもちろん、のちにアメリカで鷹匠の先駆けとなった二人の兄がハヤブサの調教に手を貸してくれたことも、物語のリアリティを支える大切な体験なのでしょう。そして、動物へのピュアな情熱も。
森の片隅で、少年が果敢に手を伸ばしてつかんだ自然、植物や鳥や動物の生命の強さに拍手を送りたくなる一冊です。

プロフィール

吉田 真澄 (よしだ ますみ)

長年、東京の国語教室で講師として勤務。現在はフリー。読書指導を行いながら、読む本の質と国語力の関係を追究。児童書評を連載するなどの執筆活動に加え、子どもと本に関する講演会なども行う。著書に『子どもファンタジー作家になる! ファンタジーはこうつくる』(合同出版)など。

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