ブックトーク

『糸に染まる季節』

世代を超えて読み継ぎたい、心に届く選りすぐりの子どもの本をご紹介いたします。

染織家の仕事

大西暢夫 写真・文/岩崎書店

染織家で紬織(つむぎおり)の重要無形文化財保持者、志村ふくみさんは、「草木がすでに抱いている色をいただく」のが染織で「私たちは草木のもっている色をできるだけ損なわずにこちら側に宿す」のだと著書『色を奏でる』のなかで綴っています。随筆家としての顔も持つ志村さんの文章は、凛として芳醇、本質を見据える鋭いまなざしがきらりと編み込まれていて、読み返すたびに初々しい刺激がきゅっと胸に響きます。五感を柔らかく撫でる志村さんの言葉から、染織という芸術を推し量ってきた私でしたが、この『糸に染まる季節』を手にして、草木から色をいただくことの輪郭が摑めたように感じました。新潟県十日町市に暮らす染織家・岩田重信さんの仕事を伝える写真絵本です。

冒頭で、「色には季節がある」と語る岩田さん。山から採ってきたヨモギ、クルミ、スギ、ニセアカシア、そのときの旬だけを煮出して染色液をつくります。

「毎年、同じ時期に、同じ葉っぱをつかっても、同じ色にはならない。いつもちがうからこの仕事が面白いって思うんだよ」

湯気がたちこめる工房で糸を染める岩田さんの写真が続きます。
光と風が感じられる大きな写真は美しくこまやかで、もちろん雄弁。そこに添えられた文章が、草木染めの説明に終始していないところが、とても良いと私は感じたのです。手順や方法をガイドするのではなく、語り手の写真家としての感動を率直に記し、目前の創造的な作業を大きく捉えて読者に差し出しています。
草木の色が無い冬には、春から夏、秋に採った葉を使って糸や布を染めます。たとえば、秋に収穫したハンノキは乾燥させ、冬の色として染めるのです。そんなふうに四季を通じて染め続けた糸が天井から吊るされた見開きの写真は圧巻。自然から抽出されたメローな色の糸、また糸の群れ。何十、いえ、それ以上の「糸に保存された季節の色」が、つやつやと輝いています。冬は雪に閉ざされる十日町、この土地の春のみずみずしさや、夏の清冽(せいれつ)さ、秋の奥行きを糸の色が伝えます。
周囲を見渡せるこんもりとした山の風景、工房は木造の古い小学校のようです。ここで、時に力強く、時に繊細に、岩田さんの作業は進行中です。生の草木の段階では、色を見ることはかないません。どんな色を蓄えているのか、目で楽しみ、手で触れられるように創り出すのが染織という工藝なのだと私は納得しました。
いわゆる知識の本ではありませんから、どの植物からいずれの色が出るかなど、詳細は述べられません。

「衣、食、住」を大切にする人の営みは、その土地にあった、季節の流れに沿ったものだ

その土地にしっかりと根をはやし、たゆまない堅牢な作業を続ける職人と、その手から生み出される色の魅力が、ただ鮮やかに写し出されるのです。それは、著者である写真家の心を打った光景にほかならないでしょう。芸術が生まれる瞬間の原始的なエネルギーを感じさせる一冊。読み終えれば、「色には季節がある」という冒頭の岩田さんの言葉の意を得るはずです。

プロフィール

吉田 真澄 (よしだ ますみ)

長年、東京の国語教室で講師として勤務。現在はフリー。読書指導を行いながら、読む本の質と国語力の関係を追究。児童書評を連載するなどの執筆活動に加え、子どもと本に関する講演会なども行う。著書に『子どもファンタジー作家になる! ファンタジーはこうつくる』(合同出版)など。

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