ブックトーク

『ポッパーさんとペンギン・ファミリー』

世代を超えて読み継ぎたい、心に届く選りすぐりの子どもの本をご紹介いたします。

やっかいで愉快なペンギンとの毎日

リチャード&フローレンス・アトウォーター 著/ロバート・ローソン 絵/上田一生 訳/文溪堂

当時小学5年生だったSくんはペンギンが大好き。「ペンギンのお話を書きたいから」と言って、あるとき、この本を借りていきました。返却する日、頬をほてらせてこう力説したのを印象深く覚えています。「ちょっとぶっとびすぎ。こんなのあり?お手本にならないよ」と。
ペンギンが「要冷蔵」と書かれた大きな手荷物として郵送されること、冷蔵庫の扉に空気穴を空け、そこをペンギンの寝床とすること、はたまた、数の増えたペンギンのために、家中の窓を開け放って、人間たちは四六時中コートを着て生活すること……などなど、どのエピソードも「ぶっとびすぎ」ています。ただし、荒唐無稽な空想話とは違います。登場する人間の暮らしぶりはきっちりと現実的。けれど、そこにペンギンがやってきて、通常ではあり得ない急事が次々と起こります。ドタバタ(寸前の?)コメディあり、突飛なハプニングありの、いわゆるナンセンスな物語ではありますが、「不思議の国のアリス」のように、終始、不合理な世界を舞台とするのではなく、リアリティを保ちつつ、シュールな事態に追い込まれる(しかも何度も)主人公一家の嘆きと発奮を描写します。現実とファンタジーの境界を行ったり来たりするように。

ロバート・ローソンの絵が、そのおかしみのあるストーリーをいっそう盛りたてます。代表作「はなのすきなうし」で見せてくれた、とぼけた味わいと、堅強なデッサン力。まっとうなのに、それが不思議と滑稽なローソンの絵と、この物語は抜群に相性が良いようです。

主人公は、こじんまりとした小さな町のペンキ屋ポッパーさん。心から愛している奥さん、子どもが2人の4人家族のポッパーさんは幸せに暮らしていました。でも、「あること」を考えはじめると、その考えに没入するあまり、台所の壁を塗り間違えてしまいます。仕事さえうわの空になるのは、はるか遠い国に行ってみたい、知らない世界――特に北極と南極――を見てみたい、とついつい夢想してしまうからでした。つまり「あること」とは、そういう望みのことで、生まれて一度も町を出た経験の無いポッパーさんが密かに抱く夢なのです。地球儀片手に「極地探検隊」についての本を熟読し、「極地探検隊」の生の声が聞こえるラジオ番組を熱心に聞いていたポッパーさんのもとに、あるとき、航空便で荷物が届けられます。
箱にはところ狭しと注意書きが……「即時開封」「要冷蔵」、そして箱にはあちこちに空気穴が開けられていたのでした。

「アー」という鳴き声、白いふちどりのある小さな目、フリッパー(かたいオールのようなペンギンのつばさ)を広げて、うつ伏せになり、お腹でスィーッと滑る仕草、短い足をせっせと交互に動かして階段を1段ずつ登る愛らしさ……ペンギンを見たことがあるなら、読んでいてすぐに姿が思い浮かぶはずです。増えていくペンギンのための経済的負担、ペンギンたちとどのように住処を共有するかなど、ポッパーさんと奥さんは幾度も窮地に立たされます。でも大丈夫。お話の後半では、「ポッパー・ペンギン団」のめざましい活躍が痛快に語られます。そして、ポッパーさんには、とびきりの幸運が……。存在感ある巧みな挿絵が、日常をひょいと飛び越えたようなお話に闊達(かったつ)さを加えます。

プロフィール

吉田 真澄 (よしだ ますみ)

長年、東京の国語教室で講師として勤務。現在はフリー。読書指導を行いながら、読む本の質と国語力の関係を追究。児童書評を連載するなどの執筆活動に加え、子どもと本に関する講演会なども行う。著書に『子どもファンタジー作家になる! ファンタジーはこうつくる』(合同出版)など。

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