ブックトーク

『にぐるま ひいて』

世代を超えて読み継ぎたい、心に届く選りすぐりの子どもの本をご紹介いたします。

ニューイングランド地方で暮らす家族の一年

ドナルド・ホール文/バーバラ・クーニー絵/もきかずこ訳/ほるぷ出版

美しい絵本です。クラシカルで明るい色彩のクーニーの絵は言うまでもありませんが、詩人ドナルド・ホールの淡々としたテキストには、生きること、働くことの普遍性が、正しく丁寧に語られ、その清潔さを、何より美しいと感じます。事件は何も起きないし、登場人物たちの内面も描かれません。それなのに、本を閉じたあと、受け取った大切なメッセージが余韻となって残ります。

10月 とうさんは にぐるまに うしを つないだ。
それから うちじゅう みんなで
この いちねんかんに みんなが つくり そだてたものを なにもかも にぐるまに つみこんだ。

舞台は19世紀アメリカ、ニューイングランド地方。農場に住むある家族の一年間の営みが描かれます。

にぐるまが いっぱいになると とうさんは
かあさんと むすめ むすこに いってくるよと てを ふった。

10月は、一年がかりで作ったり育てたりしたものをポーツマスへ運び、市場で売るのです。売りに出す品物は、たとえば、4月にとうさんが刈りとった羊毛、その羊毛を紡いでかあさんが織ったショール、その紡いだ羊毛でむすめが編んだ指なし手袋、亜麻から育てたリンネルや、息子がナイフでつくった白樺のほうき、そして、キャベツやじゃがいもなどの農作物やはちみつ、かえでの樹液をとことん煮詰めてとったかえでざとうは木箱に詰めて。一家全員で実直に働いた成果を荷車に積み、とうさんは、丘を越え、谷を抜け、農場や村を幾つも過ぎて、延べ十日間を費やし、ポーツマスへと向かいます。

絵本は横長で、たいていのページは、片側に文章、反対側に絵が描かれています。でも、とうさんが荷車を引いて市場へ向かう場面では、見開き全体を使って、その道中を見渡すように、穏やかな田園風景が描かれます。紅葉した山の鮮やかさにハッと目を奪われるページです。秋の澄んだ空気さえ感じとれるのは、建物の輪郭が際やかで、遠い山の稜線まで眺められるからです。ポーツマスで全てを売り尽くし、家族それぞれへの買い物を済ませて、とうさんは来た道を帰りますが、華やいだ秋の風景は一変し、初冬の夕暮れのさびしさが、家路をたどるとうさんを急がせます。厳かな祈りのようなこの見開きも、また素敵です。

ドラマティックに変化する四季と、その恵みを受けて暮らす人々――どの絵を取り出したとしても、旅先で手を伸ばす特別な絵葉書のように、見る者の心を捉えます。最後の見開きの5月、りんごの花が一斉に咲く木々と、作業の手を休めてふわりと微笑む家族を描いた一枚は、締めくくりにふさわしい晴れやかさに充ちています。

この本の扉には「人びとの生活と自然のために」と書かれています。人間は自然の一部であり、そのサイクルに添って日々の糧を得ていることが、奇をてらわず、低く静かに語られるのです。それは、何でも持たなくてはならない社会とは真逆な暮らし。自然に逆らわず生きる勤勉な人たちを描いた、光と風さえ感じられる一冊です。

プロフィール

吉田 真澄 (よしだ ますみ)

長年、東京の国語教室で講師として勤務。現在はフリー。読書指導を行いながら、読む本の質と国語力の関係を追究。児童書評を連載するなどの執筆活動に加え、子どもと本に関する講演会なども行う。著書に『子どもファンタジー作家になる! ファンタジーはこうつくる』(合同出版)など。

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