ブックトーク

『ぬすまれた宝物』

世代を超えて読み継ぎたい、心に届く選りすぐりの子どもの本をご紹介いたします。

宝物を盗んだのは誰?

ウィリアム・スタイグ 作/金子メロン 訳/評論社

犯人を推理するミステリーには、大人と同様、子どもたちも引き付けられます。本を選ぶとき、「……さて、犯人は誰かな?っていうお話だよ」と紹介すれば、ほとんどの子どもたちが手にとってくれます。ただ、まだ読書体験が少ない幼い人たちが満足できて、かつ、整合性のとれた推理ものを見出すのは、なかなかに大変です。この「ぬすまれた宝物」は、探偵が犯人を探すストーリーではありませんが、「ぬれぎぬを着せられたお城の門番が、どうやって無実だとわかったか」と伝えると、たいていの子どもは、本に手を伸ばします。「ぬれぎぬ」という言葉を初めて耳にした子どももいて、新鮮に響くようです。

原題は“THE REAL THIEF”。しかし、“本当の盗人”を捜す、という展開ではありません。おそらく最大の特徴と言えるのは、疑われた主人公、疑った側の権力者とそれに倣(なら)った者たち、そして真犯人、それぞれの心理が、長くない物語のなかにしっかり織り込まれていることでしょう。早い段階で真犯人の正体は明らかになりますし、何より、その犯人は、お話の終盤になっても、罪を暴かれるでもなく、自ら名乗り出るでもないのですから。少なからず座りの悪さを感じてしまうエピローグです(実際に私はそう感じました)。しかし、終盤に差し掛かるまで、犯人の悔恨や反省をつぶさに読んできた幼い読者は、もしかすると、犯人が問い詰められたり責め立てれたりしないこの結末にホッとするのかもしれません。

主人公はガチョウのガーウェイン。彼の仕事は、王室の宝物殿のいかめしい門の前で、不審者がいないか見張ること。クマのバジル王から厚い信頼を得ているガーウェインは、建築家になるというかねてからの夢を諦めて、この重要な任務に就いていたのでした。自分の正直さを見込んで「見張り役主任」に選んだ王さまの期待を裏切るなんて、とてもできなかったからです。ガーウェインは、王さまが大好きなのでした……。

お話は、宝物盗難事件の顛末とともに、鍵を持っていたのがガーウェインと王さま二人だけだったために、犯人だと決めつけられた主人公の哀切、犯人はガーウェインだと名指しせざざるを得なかった王さまの葛藤、そして、真犯人の――身から出たさびとはいえ――後悔と嘆きを、それぞれの視点で語ります。

筋は、わりあいに単純でも、できごとを立場の違うものたちの目で見るおもしろさがあり、そのもう一つ向こうには人間像があります。ですから、幼い読者は、一つの事件を見ながら、読んだあとには、いろいろな社会、人物、生活の印象が残るでしょう。
挿し絵はモノクロですが、登場人物のどこかひょうひょうとした描き方など、ウィリアム・スタイグの持ち味が光ります。裁判シーンの厳(おごそ)かさ、土牢に閉じ込められたガーウェインの孤独など、挿し絵がお話の感じ方を深めています。困難な場面でも重苦しくならず、楽しい絵とユーモアで子どもたちを飽きさせない一冊です。

プロフィール

吉田 真澄 (よしだ ますみ)

長年、東京の国語教室で講師として勤務。現在はフリー。読書指導を行いながら、読む本の質と国語力の関係を追究。児童書評を連載するなどの執筆活動に加え、子どもと本に関する講演会なども行う。著書に『子どもファンタジー作家になる! ファンタジーはこうつくる』(合同出版)など。

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