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CONTENTS

●プロフィール    ●大学生活について     ●就職活動、仕事について
●5年後に向けて    ●高校生へのアドバイス
 

●5年後に向けて




これから5年先、何をやっていると思いますか? 将来の夢や目標について教えてください。


大学生
僕は今就職活動中で、就職できるという前提ですが(笑)、恐らく何らかの形で教育に関係する仕事をしている可能性は高いと思います。あるいは研究の方がやっぱり面白いかなと思うと大学院に戻っているかもしれません。
いずれにしても、3年目では慣れつつやっているという感じでよいでしょうけれど、5年目となると、自分で企画を立てて実行できる立場を目指したいです。今はまだ受け身で研究をしていますが、もしも研究者になったら、社会経験を生かしながら、自分のやりたいことを率直に表現できる研究を、と考えています。


卒業生
学校の先生とは違う道を、と先ほど言いましたが、最近はもう少し学校の先生、学校の現場と関わる仕事をしてみたいな、と考えています。それともう一つ、自分自身が「価値」を生み出す仕事をしていけたらと思います。今は何か課題があった時にそれを解決する、「マイナスをゼロに引き上げる」というようなイメージで仕事をしている感覚があります。今後は、自分が「価値を提供すること」でゼロをプラスに変えていくような仕事ができればと思っています。

先生の研究の今後5年間の展望はいかがでしょうか?


先生
いったい5年後、この日本の社会はどうなっているのだろう?と思います。雑な、荒い、残酷な発想にもとづく政策がどんどん導入され、人と人の間の憎悪が増えていくのではないか。今もそんな危機感、焦燥感に駆り立てられていますが、たぶん5年後も、私は社会のここが問題だと思う、だからこうしていったら、という提言をし続けているでしょうね。自分の言ってきたことに少しでも耳を傾けてもらえて、それを実現できていたらよいなと思います。

社会、あるいは高校生に対して呼びかけたいことがありましたらお願いします。


先生
自分の指摘したことが、多くの人に「なるほど確かにそういう事実はある。それで自分が立っている今の状況を説明できる」と思ってもらえることによって、やはり指摘は間違いでなかったという確信が持てることがあります。例えば、「やりがいの搾取」といった、変な造語を私はよく作ってしまうんですが、それがある程度人口に膾炙して(世間の人々に広く知れ渡り、もてはやされること)、「こういう企業のやり方は“やりがいの搾取”なんだから搦め捕られてはならない」と踏みとどまる方向で使ってもらえれば、発信した人間としては、一定の意味があったな、役に立てたなと思います。
世の中、様々な面でひどいことになっていますが、なんとかしようという人たちの動きもあります。もし同じようにひどいと思ってもらえるのなら、それを解決するところに一緒に取り組んでもらえないかなと思います。
例えばこれから、ブラック企業対策の一環として、労働法教育のセミナーを実施していこうとしています。高校生でもわかる労働法教育を実際に行って、成果があるということをデータで立証して発信していきたい。このような、確実に手ごたえがあり、社会に働きかけてゆけるような、「実のある」活動に参加してもらえたらなと思います。

 


●高校生へのアドバイス




大学受験を目指す高校生にアドバイスをお願いします。


卒業生
大学受験はとにかく大変ですし、大学に入ったらあとは大丈夫という感覚があると思います。私もそうでした。でもそれが終わりではない。その先が本当に長いんですね。
高校時代から、勉強や試験以外の、自分のやりたいこととその実現方法を考えておいた方がよいと思います。手段は一つではない、興味があることへのアプローチの方法はいろいろある、ということに気づくことが必要です。その情報探しは、ネット上でも、本でもよいですが、何より人の話、しかも自分の目の前にいる人“以外”の人の話をきいてみることだと思います。

大学生
そもそも興味を持っていない人が多いのではないかと思います。正直、大学に入った後に何をするか、と考えながら勉強していた人は少なくて、大学に入ること自体が目的化しているように思います。でも、大学で何をするのか、それを考えないと、入ってみたら思っていたことと違った、ということになりかねません。
大学でこういうことができるんだよ、こういう仕事があるんだよ、ということを知る機会が高校で増えるとよいですね。考えるきっかけとして、読書もお薦めです。

先生
中山さんはテーマ、中野さんは人物、2人とも進学先やその卒業後に一生やることを「事柄重視」で考えていますよね。ところが、日本で半世紀以上続いている慢性の病として、高校であれ大学であれ「難易度重視」の階層構造がある。こんなに普通科高校が多いのは先進国では珍しいのですが、その多さが、垂直的な学力の差によるランクといいますか、一元的な競争を生んでいるのだと思っています。
もっと高校段階から、専門分野に力点を置いた学科やコースを増やして、自分の適性や志望を具体的に見定めてゆけるような教育を行った方がいいと、ずっと前から言い続けています。ただし、そのような専門教育によって進路が狭まったり行き止まりになったりするのではなくて、一旦その分野について学んだけれどあとで進路を変える、ということも可能な形でです。

真の意味でのキャリア教育が大切なんですね。


先生
はい。今お話したようなことを学ぶ機会がない中で、自分が進みたい道を見つけて、社会の状況とすり合わせていくことは難しい状況です。それをすべて自分で考えろと突き放してしまっているのが今のキャリア教育の実情だと思います。
ではどうすればいいのか。高校生にもできることの一例として、「ガイアの夜明け」や「カンブリア宮殿」、「プロフェッショナル 仕事の流儀」などのTV番組を見ることも役立つと思います。日本社会や世界で何が起こっているのか、大人たちが一生懸命何に取り組んでいるのかを、もっと見てほしいのです。
例えば、非常食用のパンの缶詰を製造している栃木の小さな工場があるんですね。この工場では、賞味期限が切れる少し前の缶詰を回収して、食料に困っているアフリカ等の諸外国にボランティアとして送り届けています。すごく試行錯誤して作っているパンで、3年経って賞味期限が迫っていても、缶詰を開けたらふかふかで美味しいんですよ。それを、飢餓状態の子どもたちがおいしいおいしいって喜んで食べてくれて、社長さんも嬉し泣きしている。難関大学に受かったぞ、という学生の表情とはまったく違う世界です。私は素朴に、これ、面白いやん!って思う訳です。だから高校生や中学生の人たちも、今は興味があることはなくても、テレビで見たことをベースにして、では自分は何ができるのか? 何をしたいのか? 考えるきっかけにしてみてほしいですね。

教育学部を目指す上で、どのような力が必要でしょうか?


先生
東大の入試でも、世界史や数学の問題では思考力を試される良い問題が多いと言われていますね。そういう意味では、単に何かを暗記するのではなく、与えられた情報を組み合わせて筋道をつけて考える力をつけてきてね、というメッセージを、間接的には投げかけていると思います。
加えて、東大がこれから実施しようとしている推薦入試では、もっと直接的に、そういう思考力を求めることになると思います。今(2014年3月時点)、学部別に推薦基準を作っているところですが、教育学部としては、高校段階までに、独自の探求学習で優れた成果を出せた人に来てほしい、ということを念頭に置いています。今は高校でも卒業論文、卒業研究がある学校もありますが、独自の仮説を立てて情報を集めて検証する、という一連のプロセスにおいて高い実績を上げた人、というのが、教育学部の求める人材像です。
きちんと筋道をたてて、根拠を示して、論理的に思考を展開し、それを文章などの形で表現していく力というのが、実は全ての勉強の根幹ではないかと思います。殺伐としているかもしれない受験勉強の中でも、そういう思考のプロセスに触れ、自分でも展開する機会は少なくありません。国語や英語の長文として読む機会もありますよね。そのような力を本格的に伸ばせるのは大学に入った後になるかもしれませんが、一朝一夕に身につくものではないので、だからこそ高校時代からきちんと自分で筋道立てて考え、書くことが大事です。なんならツイッターでもいい。140字できちんと論じられるというのも大事かもしれませんね。


最後に、東大教育学部の素晴らしさを伝えてください。


卒業生
世の中一般で「教育」というと一面的で、先生と生徒の個と個の関係や、学校を善というか悪というか、というようなすごく狭い世界を論じられがちです。そんな中で、一歩距離を置いてみたり、いろいろな考え方の人たちの授業を受け、2年間勉強できるのが良いところだと思いますね。

大学生
まず教育学部全体として良いなと思うのは、このサイズ感です。1学年100人ぐらい。顔を合わせると、自分の分野との違いがなんとなくわかる。学際的で方法論がいろいろある中で、この数というのが良い環境なのではないかと思います。
うちのコースに関して言いますと、上下関係のつながりが強いのが特徴です。院生と学部生が基本的には同じゼミに出ているのもありますし、生活している場所、パソコン室も共用で、これはどうすればよいの?という相談のしやすさ、それに信頼のできる回答をもらえるというところが魅力ですよ。

先生
良い意味での批判精神というのがすべてのコースにおいて、教育学部全体に行き渡っていると思いますね。本当にそうか?って一旦疑ってみる。方法として疑いながら、ただ疑って終わりにするのでなく、疑った後で、より真実に近づいて行こうとする姿勢です。そういう吟味のまなざしでもって教育を考える場を愚直に守り続けている点が素晴らしいと思います。

 

 

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