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すべての教科の土台となる「語彙力」を小学生のうちに高めるには?(1)

考える、感じる、理解する、表現する。こういった人間の活動を支えているのは国語力だと言われています。近年、「国語力をつけることが、学力全般の向上につながる」と多くの専門家が指摘しており、お子さまの国語力をどのように伸ばしていけばよいか、関心の高い保護者の方も多いのではないでしょうか。一方で、お子さまが書いた文章を読んだり話を聞いたりする中で、お子さまの国語力に不安を感じる方もいるようです。そこで今回は、国語力の中心である「語彙力」の育て方について、国立国語研究所の石黒圭教授にうかがいました。
(取材・文 松田慶子)

目次

語彙を増やすことは世界を知ること

――そもそも「語彙」とは何なのか、から教えてください。

はい。語彙は、語の集まりを指します。語彙とは一人ひとりの頭の中にある単語・言葉のリストと言えばイメージしやすいかもしれません。

――「語彙が豊富だ」と言われるのは、頭の中にたくさんリストアップされているということですね。

そうです。でも、知っている言葉が多くても、読んだり聞いたり書いたり話したりするときに、うまく使えなければ意味がありません。たくさん知っているという語彙の「量」だけではなく、その語彙を実際に使うことができるかどうか、つまり語彙の「質」も重要です。
豊富な語彙を使いこなす力が「語彙力」です。それを式で表すと、

語彙力 = 語彙の量(知識量)× 語彙の質(語彙を運用する力)

となります。
語彙力というものが語彙の知識量だけを指すのではなく、語彙を運用する力――言葉を使って考える力、感じる力、理解する力、表現する力――も含む以上、語彙力は人の頭の働きのかなりの部分を決定しています。こうしたことから私は、考える力の源は国語力、とりわけ語彙力にあると考えています。

――国語力つまり語彙力がアップすると、算数や理科などほかの教科の学力も上がるといわれます。これはなぜでしょうか。

単純なことですが、まず語彙力がないと算数や理科の文章問題で何を問われているか正確に理解できず、正しく答えられません。これは言うまでもないことです。
しかし、もっと重要なことがあります。「言葉を知ること」と「世界を知ること」が、実は同じだという点です。
世の中のことは、基本的にすべて言葉で表すことができます。人間は目に見えるもの、見えないものに対して言葉で名前をつけ、それを組み合わせて自分の考えを表現します。この世界に存在する森羅万象に貼りつけていく一つひとつのラベル、それが言葉であり、その集合が語彙です。世界に対する認識が広がり、また深まるということは、その人の頭の中に語彙がどんどん増えて、正確にラベルを貼り分けられるようになることです。
とくに言葉が優れているのは、人間が思考をするときの操作性です。試しに頭の中で言葉を使わずに映像だけで思考ができるかやってみてください。――難しいですよね。脳内の映像は過去の経験を思い出すのには向いているのですが、新たな思考を紡ぎ出すのに向いていないのです。つまり、優れたアイディアを生み出そうとするときは、言葉を使ったほうがうまくいく。
世界を広く深く知っている人は語彙力も高いこと、また、語彙力が高いと思考の精度が上がり、創造力も高まることから、語彙力と学力は連動していると言われるわけです。

小学校の6年間で語彙力は大きく育つ。見えない世界を言葉で理解できるように

――語彙力と学力について、もう少しお教えください。そもそも子どもはどのように語彙力を身につけていくのでしょうか。

幼児期は現実世界のものを見たり聞いたり触ったりして、それに関連する言葉を覚えます。虫が好きな子なら、透き通った羽を持ち、樹木にとまってミンミンと鳴く虫はミンミンゼミだと知り、ツクツクボウシもアブラゼミも同じセミの仲間だと知る。目に見えない事象についても、走って転んで食べて感じて、痛い、熱い、おなかがすいたなどと覚えていきます。

小学校低学年頃まではその延長で、目に見えるもの、耳で聞こえる音などを通して言葉を増やし、認識をどんどん広げていくのですが、中学年から高学年になると、次第に抽象的なものに興味が広がるようになります。それまでは現実にあるものを「こんなふうに言葉で表せるんだ」と考えていた子どもが、言葉からその背後にある映像や音を思い浮かべられるようになる。逆転が起こるのです。

――体験したことがないものも、言葉を手掛かりに頭の中で思い描けるようになるのですね。

はい。それと並行し、言葉の使い方が精緻化する。つまり、より限定された意味の適切な言葉で表そうとするようになります。

――どういうことでしょうか。

言葉は、広い意味を持つ「上位語」と、より狭い意味を持つ「下位語」に整理されます。「麺類」という上位語の下に「パスタ」「そば」「うどん」などの下位語があるという位置関係です。
この下位語を増やすことで、世界が深まります。たとえば「お金」。100円硬貨1枚よりも10円硬貨9枚をもらって「わーい」と言っていた子どもが、小学校低学年で数字を学び、お札や硬貨の名前を覚えるうちに価値を知り、やがて「現金」「クレジットカード」「貯金」などの下位語と概念を理解するようになります。その途中で「電子決済」の方法も知るでしょうし、「信用」という概念も学ぶかもしれません。また、お金を貯める「貯金」から、目的を持って貯蓄する「資金」、お金を生み出す「資産」へと、より狭い意味に分け入っていく中で、経済の仕組みも理解していくと考えられます。
上位語からどんどん下位語を深く知るにつれ、世界に対する認識も深くなる。実はこれが「学習」で、小学、中学、高校を通して子どもたちが取り組んでいることなのです。この過程で、言葉で言葉を理解するようになり、抽象的な深い思考ができるようになっていきます。

語彙力を伸ばす近道は「体験」を増やすこと

――保護者の方の中には、年齢の割にお子さまの語彙が少ないと心配する方もいます。どうしたら語彙力を鍛えることができるでしょうか。

これまで述べてきたように、語彙を増やすことは世界を理解することと表と裏の関係なので、語彙力を伸ばしたいなら、まず自分の五感を研ぎ澄ませ、世界を知ることが大事です。

――世界を知るとは?

一番いいのは、外に出て生身の体験をすることです。近所の草むらで虫を捕まえる、途中下車をして見知らぬ街を探索する、ブドウ畑でもぎたてのブドウを味わう、海風に吹かれつつ砂浜をはだしで歩く。
語彙を増やすには、実際に見聞きしたものを識別し、一つひとつ言葉にしてあげることが大切なのです。保護者の方が説明できない場合は、誰か詳しい人と一緒に体験できるといいですね。ガーデニングが好きな人と一緒に作業をすれば、植物の名前もわかるし、土の色、匂いなどの呼び方もわかります。
子どもは興味をもったことから世界を広げていきます。興味の対象を探す機会を与えることは、保護者の役割だと思いますよ。

――わざわざ出かけて行っても、子どもが興味を示さないこともあるものです。

興味を持てなくても、体験するだけでも意味があります。一度でも触れたことがあるものは親しみがあって理解が早い。
ここで質問です。友人の飼っている犬の特徴を、まだその犬を見たことがない人に伝えたいとします。パソコンで画像を送ろうとすると何MBというデータ量になりますが、言葉なら「白黒で短毛の元気な小型犬」などと数文字で伝えることができます。これはなぜだと思いますか?

――えっと、言葉には意味が詰まっているから?

そうです。人間の脳には経験と言葉の使い方に関するルールが詰まっているから、数文字の言葉を脳内で増幅させることができるのです。言葉自体に意味があるわけではなく、言葉は脳内の経験と結びつくことで意味を獲得します。脳内の経験が豊かであれば、言葉が頭に入ってきたときに豊かな意味を持ちますし、新しい言葉が入ってきても、その意味を経験からある程度推測できます。経験がなければ、入ってきた言葉は結びつく先を失ってしまい、意味が形成されません。だから、経験が大切なのです。

⇒次ページに続く 家庭で語彙力を高めるポイント

プロフィール

石黒圭(いしぐろ・けい)

国立国語研究所教授、一橋大学大学院言語社会研究科連携教授。
一橋大学社会学部卒業、早稲田大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(文学)。専門は文章論。光村図書『小学校 国語』編集委員、文化庁文化審議会国語分科会委員、東京都教育委員会「学びの基盤」プロジェクト委員、小学館『例解学習国語辞典11版』編集委員など、要職を兼任。『よくわかる文章表現の技術(全5巻)』(明治書院)、『語彙力を鍛える』(光文社新書)、『豊かな語彙力を育てる』(ココ出版)、『小学生から身につけたい ―一生役立つ語彙力の育て方―』(KADOKAWA)など著書多数。

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