親と子の本棚

森を抜けていく者

子どもには本好きになってほしいけれど、どう選べばよいかわからない……。そんなときはこちらの「本棚」を参考にされてみてはいかがでしょうか。

身の毛もよだつ怪物

『ノロウェイの黒牛』より

なかがわちひろさとうゆうすけの絵本『イギリス・スコットランドのむかしばなし ノロウェイの黒牛』のとびらには、暗闇のなかの一軒の家が描かれている。家には、あかりが灯っている。――「むかし、ノロウェイというところに、ひとりの女の人が住んでいました。女の人には、うつくしいむすめが三人ありました。」
むすめたちは、それぞれ、どんな人と結婚したいかを話す。上のむすめは、「伯爵より身分のひくい方は、いやだ」という。中のむすめは、「せめて男爵と結婚したい」という。ところが、末のむすめは笑っていう。――「わたしは、ノロウェイの黒牛でもいいわ」末むすめは、身分にこだわる姉たちを笑ったのだろうか。ノロウェイの黒牛というのは、「身の毛もよだつ怪物」らしいのだ。それでも、末むすめは、自分の結婚相手はノロウェイの黒牛だと3回もいう。
つぎの朝、6頭立ての馬車がやってきて、伯爵が上のむすめに結婚を申し込む。それから間もなく、4頭立ての馬車がやってきて、男爵が中のむすめに結婚を申し込む。そして、ある朝、家のおもてで、おそろしいうなり声が聞こえて、大きな黒牛が末のむすめを迎えにくる。むすめは地下室にかくれるが、黒牛は、いつまでも静かに待っている。むすめは、地下室を出る。

「わたしは、たしかにいいました。ノロウェイの黒牛と結婚すると。やくそくは、まもらなければなりません。おかあさま、さようなら」

むすめは、黒牛の背中にのる。彼女は、どんな運命をたどることになるのか。

ちっちゃな ちっちゃな

なかがわちひろの「あとがき」は、「むかしばなしは、長い年月をかけて口づてに育まれてきたものです。」と書き出されている。口づてだから、語り手をめぐる状況のなかで、少しずつ話が変わる。「ノロウェイの黒牛」にも、黒牛ではなくて、赤牛の話もあるという。

今回、わたしが底本としたのは1847年生まれのイギリス人女性作家フローラ・アニー・スティールによる再話です。有名なジェイコブズ版よりも心のひだをとらえた語り口で、ちょっと近代的な感じがしますが、古い赤牛の物語をもとにしているようです。

ジェイコブズ作、木下順二訳の『イギリス民話選 ジャックと豆のつる』(岩波書店、1967年)におさめられた「ノロウェイの黒い牡牛」も読んでみた。話の骨格は同じだけれど、具体的ないろいろはちがう。はじまりはこうだ。――「ずっとの昔、ノロウェイに、ひとりの女の人がおって娘を三人もっておった。/いちばん上の娘がおっかさんにいうには、「おっかさん、パン菓子を焼いてよ。ベーコンをあぶってよ。わたしは仕合せをさがしに行くに」」
瀬田貞二訳、瀬川康男絵のちっちゃなえほん『ちっちゃな ちっちゃな ものがたり』には、「ジェイコブズのイギリス昔話集より」という副題がある。「むかし ちっちゃな ちっちゃな むらに/ちっちゃな ちっちゃな うちが あって/ちっちゃな ちっちゃな おばさんが ひとりで すんで おりました」――これは、ちょっぴりこわい話だ。

北の森へ

さて、『ノロウェイの黒牛』の末むすめは、黒牛にのって旅をつづける。おなかがすいた、むすめに、黒牛がおだやかな声でいう。――「わたしの左の耳から たべ/右の耳から のみなさい」むすめと黒牛は、暗い森を抜け、さびしい荒れ野を行き、うっそうとした森を抜け、けわしい山を越えていく。
キャサリン・ラスキーケビン・ホークス『大森林の少年』は、アメリカの絵本。作者の父親が実際に経験したことをもとに書かれた。
1918年の冬、ミネソタ州の町では、悪性のインフルエンザが流行して、多くの人が死んだ。大おばさんが亡くなったとき、父さんと母さんは、息子のマーベンひとりでも、この町から遠ざけようと考える。マーベンは、北部の木材伐採現場にあずけられ、そこで、帳簿係として働くことになる。
母さんが仕立て直した、父さんのオーバーを着て、スキー板をかついで、マーベンは、駅から出発する。5時間あまりも汽車にのって、ベミジの駅に到着する。駅からスキーで8キロ行くと、父さんの友だちのムレーさんが待っていてくれた。これは、雪がとける春まで大森林の中ですごした10歳の少年の物語だ。

今月ご紹介した本

世界のむかしばなし絵本シリーズ
『イギリス・スコットランドのむかしばなし ノロウェイの黒牛』

なかがわちひろ 文、さとうゆうすけ 絵
BL出版、2019年
旅の途中、むすめは、黒牛の足に大きなとげがささっているのに気がついて、抜いてやる。すると、たちまち、黒牛が気高い王子に変わる。王子は、魔女に呪いをかけられていたのだ。しかし、すべての呪いをとくには、まだ、しなければならないことがあった。
「あとがき」には、「ノロウェイとはノルウェーのむかしの呼び名であるという説もあります。」と書かれている。北欧からスコットランドに伝わった話なのかもしれない。

ちっちゃなえほん
『ちっちゃな ちゃっちゃな ものがたり―ジェイコブズのイギリス昔話集より―』

瀬田貞二・訳、瀬川康男・絵
福音館書店、2017年
同じお話だが、判型がもっと大きく、同じ瀬川康男のちがう絵の本が、やはり福音館書店から1995年に刊行されている。手のひらサイズの、この2017年版は、1972年4月にはじめて雑誌『母の友』の綴じ込み付録として発表されたときの絵が使われている。
J・ジェイコブズ(1854~1916年)は、『イギリス昔話集』(1890年)、『続イギリス昔話集』(1894年)の2冊を編んでいる。

『大森林の少年』
キャスリン・ラスキー 作、ケビン・ホークス 絵、灰島かり 訳
あすなろ書房、1999年
マーベンは、きこりのジャン・ルイという熊のように大きな男と親しくなっていく。カナダから来たジャン・ルイは、フランス語しか話せないのだが……。

プロフィール

宮川 健郎 (みやかわ・たけお)

1955年東京生まれ。立教大学文学部日本文学科卒。同大学院修了。現在、武蔵野大学名誉教授。大阪国際児童文学振興財団理事長。『現代児童文学の語るもの』(NHKブックス)、『子どもの本のはるなつあきふゆ』(岩崎書店)、『小学生のための文章レッスン みんなに知らせる』(玉川大学出版部)ほか、著書・編著多数。

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