親と子の本棚

落語と昔話

子どもには本好きになってほしいけれど、どう選べばよいかわからない……。そんなときはこちらの「本棚」を参考にされてみてはいかがでしょうか。

神様のくれた羽根

『ききみみトーマス』より

「落語の中には昔話と同じ筋を持つものがいくつも見つかる。」という書き出しの論文を読んだ(塩谷透「昔話と落語」2005年)。落語「寿限無」なら昔話「長い名の子」、落語「あたま山」なら昔話「額に柿の木」と筋が重なるなどの例が数多くあげられている。
あおきひろえ文・絵の絵童話『ききみみトーマス』の原作は、上方の落語家、桂雀喜の新作落語だ。上記の論文「昔話と落語」が考察の対象としているのは古典落語だが、この新作も、昔話を踏まえている。タイトルから、すぐわかるけれど、「聴き耳頭巾」だ。でも、お話の舞台はアメリカなのだ。――「ここは テキサス。トーマスの 一家は せんげつ、ひっこしてきました。」
朝、おかあさんが呼んでいる。――「トーマス はよ おきや、学校に おくれるで トーマス!」原作が上方落語だから、会話も関西弁だ。

「ほな、いってきまーす」
「ついでに もえるゴミ だしといてや」
 これが いつもの あいさつです。
「ほんまに こどもづかいの あらい 家やで。ほな、ジャッキ いってくるで」
 バウバウ
「よしよし、かわいい やっちゃ」

犬のジャッキが飛び出してきて見送ってくれる。いいお天気のなかを登校する途中、トーマスは、キツネに出会う。ずいぶん、体が弱っているようだ。心配したトーマスは、おかあさんが作ってくれたお弁当のおいなりバーガーをあげることにする。――「よしよし、おまえ、おなか へってたんやな。うまいか、テキサスの キツネも やっぱり おいなりさんが すきなんや~」
その日の真夜中、トーマスの枕元に見知らぬおじいさんが現れる。テキサスを守るネイティブアメリカンの神様だという。トーマスが「わが友 レッドフォックス」を助けてくれたお礼にいいものをあげるといって、ワシの羽根をくれる。――「さぁ、これを かみに さすが よい。どうぶつの こえが きこえる。これに よって、人間も また 大しぜんの 一ぶであることを しるが よい。」また眠ったトーマスは、部屋の水槽のミシシッピアカミミガメたちの話し声で目がさめる。

話のバリエーション

日本民話の会編『ガイドブック日本の民話』(講談社、1991年)の「聴き耳頭巾」の項目(執筆は杉本栄子)には、宮城県に伝わる話が紹介されている。この話では、主人公が頭巾を得るきっかけは、キツネを助けたことだ。『ききみみトーマス』もキツネだけれど、一般的には、ヘビがもっとも多いという。「聴き耳頭巾」も、伝承されている地域によって、話の細部にはちがいがある。
絵本になっている「聴き耳頭巾」もいくつかあるが、いわさき きょうこ・わかな けいの『ききみみずきん』(ポプラ社、1967年)の貧乏な若者も、広松由希子・降矢ななの『ききみみずきん』(岩崎書店、2012年)の正直で、はたらきものの男も、キツネを助ける。
木下順二・初山滋『ききみみずきん』は、少しようすがちがう。はげしい雨が降るのに出かけようとしてる藤六は、百姓だけれど、人からたのまれた荷物を運ぶ仕事もしている。雨や風のなかを仕事に行く藤六を気づかった、病気のおかあさんが「この ずきんを かぶって おゆき」という。古ぼけた頭巾は、死んだおとうさんが大事にしていたものらしい。――「じゃあ これを かぶって、しんだ おとっつぁんと いっしょに はたらいている つもりで、おれ、げんきに やってくる」
大きな嫁入りだんすを背中にしょった藤六は、となり村との境の森まで来て、大きな木の根元で一休みする。もう、すっかり雨は上がっていた。藤六が頭巾をずらして、ひたいの汗をふこうとすると、突然、かわいい女の子たちの声が聞こえる。

「いこうや、いこうや、むこうの むらへ いこうや」
「あめが あがったから、おこめや むぎを きっと たくさん ほしてるよ」
「ううん、むこうの むらは びんぼうだから、おこめなんか ほしてないよ」
「それじゃ、あたしは、この もりで あそんでよう」

藤六は、びっくりするが、やがて、頭巾を動かすと、鳥の声が人のことばになって聞こえることに気がつく。

父から子へ

『ききみみトーマス』がもう一つ踏まえているのは、やっぱり、子どもたちによく知られている『機関車トーマス』だろう。
ウィルバート・オードリーレジナルド・ダルビー『機関車トーマス』の巻頭には、「クリストファーへ 父より」として、こう記されている。――「これは、きみのともだちの、機関車トーマスのはなしです。(中略)きみがきにいってくれることを願っています。なにしろ、このはなしをつくるのには、きみもずいぶんてつだってくれたからね。」

今月ご紹介した本

『ききみみトーマス』
原作 桂 雀喜、文・絵 あおきひろえ
あかね書房、2023年
トーマスは、学校へも、神様にもらった羽根をさして行くことにする。出がけに犬のジャッキに声をかけると、「かわいい やっちゃ」と思っていたジャッキが実はとんでもないことをいっていることがわかって、トーマスは、ぷんぷん怒って歩いていく。

岩波の子どもの本
『ききみみずきん』

文 木下順二、絵 初山 滋
岩波書店、1956年
藤六の死んだおとうさんは、この頭巾をどうやって手に入れたのだろう。本にはさみこまれた、しおりで、益田勝実が「ここにはわざと語られていない、藤六のお父さんかもしれない人の話が、はじまる前のこととしてあります。」(「民話をうけつぐ」)と書いている。話の展開も結末も、ほかの『ききみみずきん』の絵本とは少しちがっていて、そこに、木下順二独自の再創造がある。「うりこひめとあまんじゃく」の話も、いっしょにのっている。

新・汽車のえほん②
『機関車トーマス』

ウィルバート・オードリー作、レジナルド・ダルビー絵、桑原三郎・清水周裕訳
ポプラ社
タンク式機関車のトーマスは、大きな駅ではたらいている。「トーマスとゴードン」など、いたずら好きな、ちびっこ機関車の活躍と失敗を描く4編を収録。『新・汽車のえほん』のシリーズは、全部で26冊ある。

プロフィール

宮川 健郎 (みやかわ・たけお)

1955年東京生まれ。立教大学文学部日本文学科卒。同大学院修了。現在、武蔵野大学名誉教授。大阪国際児童文学振興財団理事長。『現代児童文学の語るもの』(NHKブックス)、『子どもの本のはるなつあきふゆ』(岩崎書店)、『小学生のための文章レッスン みんなに知らせる』(玉川大学出版部)ほか、著書・編著多数。

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