親と子の本棚

音楽という「自由」

子どもには本好きになってほしいけれど、どう選べばよいかわからない……。そんなときはこちらの「本棚」を参考にされてみてはいかがでしょうか。

わたしがやりたいこと

『心をひらいて、音をかんじて 耳のきこえない打楽器奏者 エヴェリン・グレニー』より

シャノン・ストッカーデヴォン・ホルズワースの絵本『心をひらいて、音をかんじて 耳のきこえない打楽器奏者 エヴェリン・グレニー』の主人公、エヴェリンは、1960年代にスコットランドの丘の上の農場で育った。お父さんのアコーディオンを聞き、お母さんといっしょにオルガンを弾いた。8歳のときには、聞いた曲をピアノで弾くことができたし、10歳のときには、クラリネットもじょうずに吹けたのだ。ただ、そのころから、耳の神経の病気で音が聞こえなくなってくる。
お医者さんは、ろう学校に行くことをすすめたが、彼女は、地元の公立中学校に進む。もう耳がほとんど聞こえなくなっていたけれど、あるとき、打楽器の音がエヴェリンをとらえた。

ラタ ラタ ラタ ラ!
ドラムの上で、スティックがはね……
ダン ディ ダラ ダン ダン!
マリンバや……
バン! ドン! バン!
ティンパニの上で、マレットがおどります。

そのとき、エヴェリンは、「わたしがやりたいのは、これだ!」と思う。彼女は、打楽器のレッスンをうけることになる。打楽器が専門のロン・フォーブズ先生は、スティックとスタンドは渡さずに、スネアドラムだけをもって帰らせた。エヴェリンは、ドラムをさわったり、たたいたり、ひっかいたり……、そのたびに、ドラムは、ちがったふうにふるえる。

金曜日の夜8時25分

カーラ・カスキンマーク・シーモントの絵本『105人の すてきな しごと』には、オーケストラの団員たちが登場する。金曜日の夜8時25分、黒や茶色のかばんから、さまざまな楽器を出した101人がつぎつぎに舞台にあがる。

でも 3にんだけは、なにも もたずに でてきました。
おんなのひとは ハーブを ひきます。
ふたりの おとこのひとは、ティンパニや シンバル、ドラム、どら、タンバリンや カスタネットなどを たたきます。
このひとたちの がっきは、おもくて ひとりでは はこべないので、さきに ぶたいに よういして ありました。

絵本は、楽器をもった101人と楽器をもたない3人が舞台にあがって、すべての楽器が生き生きと歌いはじめるまでの、いろいろな準備を描く。
金曜日の夕方、大きな町のあちこちの家で、105人それぞれが仕事に出かける用意をはじめる。105人のうち、男の人は92人で、女の人は13人。みんな、まず、おふろに入る。シャワーだけの人がほとんどだけれど、ふたりの男の人と3人の女の人は湯舟につかる。

国境を越えるバス

ルイズ・スロボドキン『ルイージといじわるなへいたいさん』のルイージがレッスンにかよっているのは、打楽器ではなくてバイオリンだ。
ルイージは、イタリアのアロア村に住んでいる小学生だが、土曜日には、10分ほどバスにのって、スイスのビアスカという町まで行く。タリアティーニ先生のところでバイオリンを習うのだ。先生は、もうおじいさんだけれど、イタリアとスイスの国境あたりでは一番有名なバイオリンの先生なのだ。
スイスにむかうバスは、いつも満員だ。国境の手前ではイタリアのへいたいさんが、国境を越えたところではスイスのへいたいさんが必ずのりこんできて、見回りをする。ルイージは、へいたいさんたちが密輸人をさがしていることを知っていた。
ある土曜日、いつものふたりのイタリアのへいたいさんにつづいて、もうひとり、のりこんできた。3人めの鼻の長いへいたいさんがルイージにたずねる。――「そのはこのなかみは、なにかね?」一つはお弁当で、もう一つはバイオリンケースだ。――「あけて見せなさい。」いつものふたりのへいたいさんが、あわてて止めに入る。

ところが、鼻の長いへいたいさんはこたえました。
「いえ、ようじんにこしたことはありません。このあたりには、密輸人がおおいのです。にもつをもっている人は、ぜんいんしらべなければ。
 さあ、ケースをあけろ!」

鼻の長いへいたいさんは、ケースからバイオリンを取り出すと、ギィーコ、ギィーーーーと弾きはじめる。――「ふむ。たしかにバイオリンだ」おまけに、お弁当のサンドイッチのにおいをかいだり、お母さんが焼いてくれたケーキを指でおしつぶしたりする。

今月ご紹介した本

『心をひらいて、音をかんじて 耳のきこえない打楽器奏者 エヴェリン・グレニー』
シャノン・ストッカー 文、デヴォン・ホルズワース 絵、中野怜奈 訳
光村教育図書、2023年
先生が「補聴器をはずしたほうが、よくきこえると思わないかい?」という。エヴェリンは、先生にいわれたとおり、補聴器をはずし、手のひらを壁におしつける。――「先生のくちびるがうごきます。「音をかんじて」先生がティンパニをたたきました。」大きな振動が体中に伝わり、エヴェリンは、いそいで靴をぬぐ。音によって、エヴェリンが解放されていく。
打楽器奏者として活躍をつづけるエヴェリン・グレニーのウェブサイト(英語)では、エヴェリンの演奏や話を聞くことができる。

『105人の すてきな しごと』
カーラ・カスキン 文、マーク・シーモント 絵、なかがわ ちひろ 訳
あすなろ書房、2012年
おしまいに舞台にあらわれた105人めは、稲妻のような白髪のまじった黒いウェーブの髪の毛の男の人だ。舞台の一番前にある指揮台の上に立ち、指揮棒をすっと上げる。

『ルイージといじわるなへいたいさん』
ルイズ・スロボドキン 作・絵、こみや ゆう 訳
徳間書店、2015年
その後の土曜日も、鼻の長いへいたいさんの検査はつづき、ルイージとタリアティーニ先生は、何度もぐちゃぐちゃのケーキを食べるはめになる。――「もうがまんならん! こうなったら、わしもバスにのるぞ! そいつには、わしのとくべつレッスンで、おきゅうをすえてやる!」偉大な音楽家である先生は、エヴェリンが音によって解放されたように、すてきに自由な精神のもちぬしだから、その「自由」によって、へいたいさんという「権力」にむかっていくのだ。

プロフィール

宮川 健郎 (みやかわ・たけお)

1955年東京生まれ。立教大学文学部日本文学科卒。同大学院修了。現在、武蔵野大学名誉教授。大阪国際児童文学振興財団理事長。『現代児童文学の語るもの』(NHKブックス)、『子どもの本のはるなつあきふゆ』(岩崎書店)、『小学生のための文章レッスン みんなに知らせる』(玉川大学出版部)ほか、著書・編著多数。

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