親と子の本棚

「きょう」のむこうの過去

子どもには本好きになってほしいけれど、どう選べばよいかわからない……。そんなときはこちらの「本棚」を参考にされてみてはいかがでしょうか。

知っているところなのに、知らない景色

『えほん 東京』より

小林豊『えほん 東京』の「ぼく」は、おじいちゃんをさそって出かける。春には、「さくらがまんかいだよ」といって。「ねえ。どこか遠くへ行こうよー。ぼく、海にいきたい」「海なら、おまえの目のまえにあるぞ」えっ? おじいちゃんが指さしたのは、いつものお稲荷さんだけれど、鳥居をくぐると、急に風がかわって、海のにおいがしてくる。知っているところなのに、知らない景色が広がっていて、むこうにあるのが江戸湾の海だ。品川から高輪、愛宕山へ。おじいちゃんとの小さな旅は、「ぼく」を現在の風景のむこうの過去へとつれていく。
夏は、佃島へ。江戸時代からつづく漁師町だ。おじいちゃんが「きょうは、舟にのろう。東京は“川のまち”だ。舟でどこへでも行ける」という。「ぼく」とおじいちゃんは、船頭さんのあやつる舟で行く。「サァサー。肩入れ、わっしょい。わっしょい!」――景気のいいかけ声で、川のなかを神輿がとおる。「住吉大明神のおでましだァ!」
舟は、大川(いまの隅田川)から築地川へ。「このあたり、日比谷の入江でさァ。あのごたいそうな赤レンガは、東京すていしょん。そのむかいが将軍さまの江戸城」と船頭さんがガイドしてくれる。東京駅と江戸城――過去は、二重、三重の風景として立ち上がってくる。「このまんまお堀をすすめば、九段坂。道三堀を右手にとれば、一石橋から日本橋までひとこぎでさァ」と、船頭さんの案内はつづく。
きょうは、大川の川開きだ。「ド、ドーン!! パパーン!」「たまやー! かぎやー!!」――日が暮れれば、花火が上がる。

昭和の日付のきっぷ

藤江じゅん『タイムチケット』も、過去への旅の物語だ。
「ぼく」は、電車のめずらしいきっぷの収集に熱心だが、一番ほしいのは「昭和四四年四月四日」の日付のもの。同じ数字がならんでいるのが貴重なのだ。「四月四日」は「ぼく」の誕生日だから、「四」のならぶ、きっぷをさがしている。雑誌やインターネットで情報を集めたりもする。「平成四年四月四日」は偶然手に入れることができたけれど、「昭和四四年四月四日」は、まだ影も形もない。
夏休みのある日、「ぼく」が路地で出会った、両耳としっぽだけが黒い白猫を追いかけて、もっと奥に行ったとき、うす茶色の紙切れが落ちているのに気づく。大きさは、トランプのカードくらいだ。ひろいあげると、「タイムチケット 時間旅行への招待状」と濃い青のかっちりした文字で記されている。「チケット」の「ト」のあたりに、先ほどの猫の足あとがある。「時間旅行者は、下記の有効旅行期間欄に希望する旅行期間を、希望年月日欄に行きたい年月日を、それぞれ記入すること……」――裏面には、そう書いてある。家にもどった「ぼく」は、部屋の勉強机で、うそっこのチケットだと思いながら、希望年月日に「昭和四四年四月四日」と書き込んでみる。

 ドッスン――といきなりすごい衝撃があって、目を開けると天井の板が見えた。
 尻と背中が、おそろしく痛い。どういうわけか椅子から落ちて、ひっくり返ってしまったらしい。(中略)
「……ってえ」
 歯をくいしばって上半身を起こすと、すぐとなりに見知らぬ少年がすわっていた。
 だれだ? こいつは……。
 同い年ぐらいだろうか。少年は黒縁眼鏡の奥のひとみをまん丸くして、ぼくの顔をまじまじとのぞきこんでいる。近所の子でもないし、同級生にもこんな眼鏡をかけた子はいない。
 だいいち、こいつはいつ、部屋に入ってきたんだ?

「ぼく」は、自分の家の自分の部屋にいたまま、昭和四四年四月四日へと移動したのだ。
それなら、「見知らぬ少年」はだれか。――「あっ、あのさ。……き、きみ、名前は?」「ボク? 城戸正一」それは、おとうさんの名前だ。いまは、動物病院のお医者さんをしている。
「ぼく」は、正一の将来の子どもだとは名のらないまま、その日の日付のきっぷを買うことに協力してもらうことになる。

川から海へ

『えほん 東京』の「ぼく」は、おじいちゃんといっしょに過去へ旅する舟にのる。いしいつとむの絵本『ふねのとしょかん』のねずみたちも、リュックにお弁当を入れて、船にのりこむ。それは、船の図書館だ。船長さんがカランカランカランと鐘を鳴らして、ゆっくり岸をはなれる。ときどき止まって、リスやカエルやトカゲの友だちものせながら、船は、川から海へむかう。
舟のなかは、まるで本の森だ。にわか雨がやってきて、とびらをみんな閉めた暗がりで、船長さんが、ろうそくを灯して、お話会がはじまる。

今月ご紹介した本

『えほん 東京』
小林 豊
ポプラ社、2019年
秋は、神田から柳橋、吾妻橋へ。「ぼく」は、戦後の焼け野原も見る。
冬は、おじいちゃんの育った、師走の浅草の町へ。おじいちゃんは、自分より若い父親と母親に再会する。おじいちゃんのおとうさんは、大工さんだった。

『タイムチケット』
藤江じゅん 作、上出慎也 画
福音館書店、2009年
「ぼく」は、チケットに旅行期間を書きまちがえて、旅の時間は4時間しかない。それでも、「ぼく」は、おとうさんである正一がどうして獣医師になったのかなど、自分の現在につながる、たくさんのヒントを得る。ほしかったきっぷは、手に入ったのか。
この本は、現在、品切れ。図書館でさがしてください。

『ふねのとしょかん』
いしい つとむ
文研出版、2018年
船の図書館は、やがて海に出て、小さな島でお弁当になる。そこでは、ヤドカリやウミガメやカモメ、さかなたちにも出会うのだ。

プロフィール

宮川 健郎 (みやかわ・たけお)

1955年東京生まれ。立教大学文学部日本文学科卒。同大学院修了。現在、武蔵野大学名誉教授。大阪国際児童文学振興財団理事長。『現代児童文学の語るもの』(NHKブックス)、『子どもの本のはるなつあきふゆ』(岩崎書店)、『小学生のための文章レッスン みんなに知らせる』(玉川大学出版部)ほか、著書・編著多数。

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