親と子の本棚
川のように話す、砂に書く
2021.11.25
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子どもには本好きになってほしいけれど、どう選べばよいかわからない……。そんなときはこちらの「本棚」を参考にされてみてはいかがでしょうか。
うまくいえない音
朝、目をさますといつも、ぼくのまわりはことばの音だらけ。
へやのまどから見える松の木の「ま」。
えだにとまっているカラスの「カ」。
朝の空に、ぼんやり白い月の「つ」。
朝、目をさますといつも、ぼくのまわりはことばの音だらけ。
そして、ぼくには、うまくいえない音がある。
ジョーダン・スコットとシドニー・スミスの絵本『ぼくは川のように話す』は、こう語り出される。訳は、原田勝だ。
松の木の「ま」も、カラスの「カ」も、「ぼく」の舌にからみついたり、のどの奥にひっかかったりする。月の「つ」でつっかえた「ぼく」は、うめくしかない。だまって支度をして学校に行くけれど、教室では全然ことばが出てこない。みんなは、「ぼく」のくちびるがゆがんで、ふるえるのを見て笑った。
放課後、おとうさんの車が待っていた。――「うまくしゃべれない日もあるさ。どこかしずかなところへいこう」おとうさんは、「ぼく」を川につれていく。ふたりで、川岸を歩く。おとうさんが「ぼく」の肩を抱きよせて、いう。――「ほら、川の水を見てみろ。あれが、おまえの話し方だ」
見ると、川は……あわだって、なみをうち、うずをまいて、くだけていた。
「おまえは、川のように話してるんだ」
荒川と隅田川に分かれるところ
川の絵本が見たくなって、村松昭の『日本の川』シリーズの1冊『あらかわ・すみだがわ』を広げる。埼玉県の秩父の山奥の朝、山の神様とおつかいの女の子が話をしている。――「この 水って、いったい どこへ いくのかしら。」「山を 下って あらかわとなり、海へ そそぐんじゃよ。そうか、きょうは 天気も よさそうじゃし、あらかわを 空から 見てみるかの。」ふたりは、雲にのって、旅に出る。
山奥からの水の流れは、山の上に三峯神社が見えるあたりで荒川と呼ばれるようになる。そして、埼玉県川口市から東京都に抜けるところまで来ると……。
「上に 見える川が、あらかわの ほんりゅうじゃ。人が 九十年ほどまえに ほった、あたらしい川なんじゃよ(荒川放水路、1930年完成-宮川注)。大水が 出たとき、あの川で 海まで いっきに 水を ながしたんじゃ。あれが できて、大水は ぐんと へったのう。」
「じゃあ、ほんとうは 下の すみだがわが もともとの あらかわだった、っていうことね。」
荒川は、葛西臨海公園のところで海にそそぐ。隅田川は、勝鬨橋と築地大橋をくぐった、すぐ先で海に出るのだ。
散歩のときに
「泣いてしまいそうなときは、このことばを思いだそう。――ぼくは川のように話す。」
――『ぼくは川のように話す』の「ぼく」は、おとうさんのことばを何度も思い出す。
東君平『おとうさんとあいうえお』のおとうさんは、散歩のときに、海を見ながらいう。
うみを みながら、おとうさんが いいました。
「きょうから としちゃんに、じを おしえて あげよう。」
としちゃんは、
「うん。」
と いって、てを たたきました。
えんぴつの かわりに、ゆびで すなの うえに、じを かきました。
「きょうは、あいうえおだよ。」
としちゃんと、おとうさんと、おかあさんの出てくる短い話が12編収められていて、あいうえおの五十音のことがわかる。点々(濁点)のつけられる字は、「がぎぐげご」など20ある。「かっこう」と「がっこう」とでは、全然ちがうことばになる。字の肩に丸(半濁点)がつけられる字は、「はひふへほ」だけだ。
今月ご紹介した本
『ぼくは川のように話す』
ジョーダン・スコット 文、シドニー・スミス 絵、原田勝 訳
偕成社、2021年
ジョーダン・スコットは、1978年生まれのカナダの詩人。巻末に記された「ぼくの話し方」には、こうある。――「父が吃音を自然の中の動きにたとえてくれたおかげで、ぼくは自分の口が勝手に動くのを感じるのが楽しくなりました。」
『日本の川 あらかわ・すみだがわ』
村松 昭さく
偕成社、2016年
『日本の川』シリーズは、このほかに、『たまがわ』『ちくごがわ』『ちくまがわ・しなのがわ』『よしのがわ』『いしかりがわ』『よどがわ』の6冊が刊行されている。
ことばのひろば
『おとうさんとあいうえお』
東 君平 さく・え
廣済堂あかつき、2018年
「おかあさん、としちゃんは、きょうから、じが かけるよ。」――散歩から帰った、としちゃんが自慢すると、おかあさんは、にこにこして、「それは、よかったわね。」といってくれる。
プロフィール
宮川 健郎 (みやかわ・たけお)
1955年東京生まれ。立教大学文学部日本文学科卒。同大学院修了。現在、武蔵野大学名誉教授。大阪国際児童文学振興財団理事長。日本児童文学学会会長。『現代児童文学の語るもの』(NHKブックス)、『子どもの本のはるなつあきふゆ』(岩崎書店)、『小学生のための文章レッスン みんなに知らせる』(玉川大学出版部)ほか、著書・編著多数。