親と子の本棚

国を追われて、戦火をのがれて

子どもには本好きになってほしいけれど、どう選べばよいかわからない……。そんなときはこちらの「本棚」を参考にされてみてはいかがでしょうか。

先生の名前はエリアナ・パヴロバ

『すなはま の バレリーナ エリアナ・パヴロバのおくりもの』より

モスグリーンの表紙に、ポーズをした6人のバレリーナが描かれている。川島京子・ささめやゆきの絵本『すなはま の バレリーナ エリアナ・パヴロバのおくりもの』だ。絵本は、こんなふうに語り出される。

 生徒たちがレッスンを終えていなくなると、けいこ場はしずかになりました。
 わたしは、バーにそっと手をふれながら、ちいさな写真立てをみつめました。
 わたしと母――牧阿佐美と橘秋子が、写真のなかでわらっています。

最初の見開きには、だれもいなくなった、けいこ場で写真を見つめる「わたし」が描かれている。「わたしの母、橘秋子は、わたしにとって、「お母さん」というよりも、バレエの先生でした。」――「わたし」は、お母さんから、ほかの子どもたちといっしょに、きびしくバレエを教えられる。いつも母の愛情にうえていた「わたし」がお母さんに泣きつくと、お母さんがいう。――「ねえ、阿佐美ちゃん。ママのはなしをきいてくれるかしら……」それは、先生とお母さんの物語だった。

 その学校は、鎌倉の七里ガ浜という海辺にあった。日本ではじめてつくられたバレエ学校よ。
 たてものはヨーロッパのおしろみたいで、目の前には、太平洋がひろがっていてね。
 それはそれは、すてきな学校だったわ。
 先生の名前は、エリアナ・パヴロバ先生。とってもうつくしいバレリーナだった。

先生は、チフリス(現在のジョージアの首都トリビシ)の生まれだが、1917年のロシア革命でふるさとを追われた。母と妹をつれて、シベリア鉄道でロシアを出て、中国をとおって、船で日本にたどり着いたのだ。先生は、それぞれの土地の劇場でロシアで学んだバレエを披露しながら旅をつづけてきたが、日本では、みんなにあたたかくむかえられて、日本が大好きになった。日本で学校をひらいて、子どもたちにバレエを教える決心もしたのだ。お母さんは、先生のもとに集まった生徒のひとりだった。

「わたし」には黒い鳥がついている

サンドラ・ポワロ=シェリフの絵本『モナのとり』の8歳のモナも、おどりをならっている。――「おどりって、とても たのしくて きれい。もうすぐ、はっぴょうかいが あるんだ。」モナは、フランス語の書き取りが得意で、算数はにがて。学校の友だちと遊ぶのも大好きだけれど、「でも、わたしは、みんなと おなじじゃない……。」

わたしには、くろい とりが ついている。
そのとりは、どこに いくときも わたしに ついてくるの。
わたしが なにを していても、すぐ そこに いるんだ。

お父さんとお母さんにも、黒い鳥がついている。お父さんは、毎朝、郵便屋さんが何枚か紙の入った封筒を届けてくれるのを待っている。――「その かみはね、フランスに すむ けんりと、フランスで はたらく けんりを あたえてくれるんだ」
お父さんが前に話してくれた。

「ぼくたち かぞくは、とおい くにから きたんだ。
うみが あって、はなが たくさん さいていて……それは それは うつくしい くにさ。
けれど そこでは、せんそうが、おこっているんだ」

モナは、その国のことをもう何もおぼえていない。家族でそこを出たとき、まだ3歳だったのだ。

パンと水だけの弁当

2022年2月に、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻がはじまった。戦火をのがれて国外に出た人たちを日本でも受け入れるようになって、ようやく難民の問題が身近になった。これまでの私たちには、絵本のかたちで紹介された『てぶくろ』などウクライナの昔話のほうが身近だったかもしれない。
バレリー・ゴルバチョフの絵本『空とぶ船と ゆかいな なかま』も、ウクライナの昔話の一つだ。むかし、むかし、ある国の王様が、おふれを出した。――「空とぶ船に のって、おしろまで きたものを 王女と けっこんさせてやろう」空とぶ船なんて、あるのだろうか。「世界一のまぬけ」と呼ばれる若者が「おいらが たびにでて、空とぶ船を さがしてくる」と言い出す。村のみんなは大笑いしたけれど、お母さんは、しかたなく、パンと水だけの弁当をもたせてやる。

今月ご紹介した本

『すなはま の バレリーナ エリアナ・パヴロバのおくりもの』
川島京子 文、ささめやゆき 絵
のら書店、2022年
先生の練習はきびしかった。――「バレエは、基礎がすべて。練習をかさねて、ただしい足やうでの位置を、からだにしみこませていく。バレエは、ことばのない芸術だけれど、その基礎こそが、世界につうじる「ことば」になるの。」お母さんは、だれよりもうまくなりたくて、みんなが寝静まったあと、学校の前に広がる砂浜でひとりで練習した。
やがて戦争がはげしくなって、先生は、バレエ学校を守るために、日本人になり、名前もかえて着物を着た。戦地慰問に行った中国で亡くなった先生のあとを引きついで、お母さんも、数多くのバレリーナを育てた。

『モナのとり』
サンドラ・ポワロ=シェリフ作、水橋はな訳
新日本出版社、2022年
おどりの発表会の日、モナは、お母さんがぬってくれた、天使の羽のついたチュチュを着て舞台にあがる。――「どこも かしこも ひかりで いっぱい、わたしの からだは、とっても かるい……。」その日、モナに弟が生まれる。お父さんは、モナに「みんな、うまく いくからね」という。

『ウクライナのむかしばなし 空とぶ船と ゆかいな なかま』
バレリー・ゴルバチョフ 再話・絵、こだま ともこ 訳
光村教育図書、2020年
若者は、旅の途中でほんとうに空とぶ船を見つけ、出会った7人の仲間とともにお城にむかう。王様は、やってきたのが「世界一のまぬけ」だと知ると、追い返そうとして、さまざまな難題をあたえる。おしまいは「けっこんしきには ぐんたいを ひきつれてこい」なのだが、若者が引きつれていったのは、地面にまいた、たきぎが変身した幻の軍隊だった。

プロフィール

宮川 健郎 (みやかわ・たけお)

1955年東京生まれ。立教大学文学部日本文学科卒。同大学院修了。現在、武蔵野大学名誉教授。大阪国際児童文学振興財団理事長。日本児童文学学会会長。『現代児童文学の語るもの』(NHKブックス)、『子どもの本のはるなつあきふゆ』(岩崎書店)、『小学生のための文章レッスン みんなに知らせる』(玉川大学出版部)ほか、著書・編著多数。

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