親と子の本棚

どろぼうと、めがね屋

子どもには本好きになってほしいけれど、どう選べばよいかわからない……。そんなときはこちらの「本棚」を参考にされてみてはいかがでしょうか。

ふたりのどろぼう

桂文我のまぬけなどろぼう『めがねどろぼう』より

「どろぼうは、物をぬすむ悪い人ですが、ズッコケた人がどろぼうになることもあるようで。ふたりのどろぼうが、足音をしのばせて、夜の道を歩いています。」――桂文我・荒戸里也子の絵本『めがねどろぼう』は、こう語り出される。上方落語「眼鏡屋盗人」をもとにした落語絵本だ。
兄貴分のどろぼうが弟分に「おまえは、『この町内のことは、何でも知ってる』と言うてたな。この町内で、夜でもげんかんが開いてて、入りやすい家はないか?」とたずねる。弟分は「あります、あります。」というのだが、それは、警察だった。たしかに、警察なら、夜でも玄関が開いている。――「あほっ! 警察へぬすみに入ったら、そのままつかまってしまうわ!」「そうなったら、おもしろい!」
今度は、町内で一番の金持ちの家を聞く。弟分は、ヤカンにタライにナベなど、金(かね)でできたものばかりを置いている金物屋を教える。
結局、ふたりは、めがね屋に忍び込もうとする。

「めがねのツルは、金(きん)やベッコウでできてて、ねうち物が多いわ。それをぬすんで、よそで売ったら、大もうけができる。戸のふしあなからのぞいて、めがね屋の中のようすを見てみい」

めがね屋のなかで話を聞いていた、でっちさんは、「よし、いたずらをしたろ」と、どろぼうがのぞく、ふしあなに拡大鏡をはめ込む。すると……。

厚さ一・三センチ

ジェフ・ブラウン『ぺちゃんこスタンレー』(絵は『すてきな三にんぐみ』などの国際アンデルセン賞受賞画家、トミー・ウンゲラーだ)は、ニューヨークのマンションで暮らしているラムチョップさんの家の朝からはじまる。子ども部屋から、アーサーのさけぶ声がする。――「うわあ、すっげえ お父さーん、お母さーん、ぶったまげたことになってるよー
夜のあいだに、アーサーのお兄さんのスタンレーのベッドにぶあつい板がたおれていたのだ。お父さんとお母さんは、あわてて、重い板をどける。

「あらまあ」と、お母さんがいいました。
「うへっ」と、アーサーがいいました。「お兄ちゃん、ぺちゃんこになっちゃってるよ
「まるでパンケーキみたいじゃないか。なんてこった」と、お父さんがいいました。
「とにかく朝ごはんを食べてしまいましょう。それからスタンレーをお医者さんにつれていかないと」と、お母さんがいいました。

お医者さんは、「まあ、ようすを見ていくしかないでしょうな。」という。看護婦さんがスタンレーをはかってくれる。――「身長百二十二センチ、横はば三十センチ、厚さ一・三センチ」
やがて、ぺちゃんこになれてきたスタンレーは、だんだん、ぺちゃんこが楽しくなってくる。かぎのかかった部屋でも、床にぺったりお腹をつければ、ドアの下から自由に出入りできる。お母さんといっしょに散歩していて、お母さんの指から指輪がすぽっと抜け、道路のわきの排水溝に落ちてしまったときには、排水溝に降りていって、指輪を見つけてきた。ベルトのうしろにひもを結びつけ、お母さんにそのひもを持っていてもらって、排水溝に入ったのだ。
弟のアーサーは、スタンレーがうらやましくて、たまらない。『めがねどろぼう』のふたりも、きっと、スタンレーをうらやましがるだろう。のちに、スタンレーは、美術館に盗みに入った、本物のどろぼうをつかまえることになる。

月のいい晩に

小川未明「月夜とめがね」は、もう一つのめがね屋の話。大正期の童話雑誌『赤い鳥』に発表されたものだが(1922年7月)、今回は、中川貴雄が絵を描いた絵童話『野ばら・月夜とめがね』で紹介する。
おだやかな、月のいい晩に、おばあさんが、ひとりで針仕事をしていると、「おばあさん、おばあさん。」と呼ぶ声がする。窓の下には、見知らぬ男が立っていた。

「わたしは、めがね売りです。いろいろなめがねをたくさん持っています。この町へは、はじめてですが、じつに気もちのいいきれいな町です。今夜は月がいいから、こうして売って歩くのです。」

針のみぞに糸が通らなくてこまっていた、おばあさんは、かければ、何でもはっきり見えるめがねを買いもとめる。

今月ご紹介した本

桂文我のまぬけなどろぼう
『めがねどろぼう』

ぶん 桂文我、え 荒戸里也子
BL出版、2022年
「今日から、お前もどろぼうや。しっかり、はたらけ!」「へえ、わかりました。あ―――にき!」「わしは、あにきじゃ。あ―――にきと、引っぱるな。体が、ゾクゾクするわ」――それでも、弟分は「あ―――にき」と引っぱりつづけ、兄貴は「その言い方をやめてくれ」と繰り返す。このやりとりが語りをすすめるリズムをつくっていく。

『ぺちゃんこスタンレー』
ジェフ・ブラウン 文/トミー・ウンゲラー 絵/さくま ゆみこ 訳
あすなろ書房、1998年
スタンレーは、どろぼうをつかまえて有名になるけれど、だんだん、ぺちゃんこでいることがいやになってくる。ひどいことばで、ぺちゃんこをからかう人もいるのだ。どうしたら、もとにもどれるのか。名案を思いついたのは、アーサーだった。

はじめてよむ日本の名作絵どうわ
『野ばら・月夜とめがね』

小川未明・作、中川貴雄・絵、宮川健郎・編
岩崎書店、2016年
また、おばあさんの家の戸をたたくものがある。町の香水製造工場でおそくまで働いていた少女だった。石につまづいて、指をけがしたという。おばあさんが先ほどのめがねをかけて、きず口と少女を見ると……。

プロフィール

宮川 健郎 (みやかわ・たけお)

1955年東京生まれ。立教大学文学部日本文学科卒。同大学院修了。現在、武蔵野大学名誉教授。大阪国際児童文学振興財団理事長。日本児童文学学会会長。『現代児童文学の語るもの』(NHKブックス)、『子どもの本のはるなつあきふゆ』(岩崎書店)、『小学生のための文章レッスン みんなに知らせる』(玉川大学出版部)ほか、著書・編著多数。

関連リンク

おすすめ記事

絵姿のゆくえ絵姿のゆくえ

親と子の本棚

絵姿のゆくえ

家出と留守番家出と留守番

親と子の本棚

家出と留守番

落語と昔話落語と昔話

親と子の本棚

落語と昔話


Back to TOP

Back to
TOP