親と子の本棚

お菓子の家の魔女

子どもには本好きになってほしいけれど、どう選べばよいかわからない……。そんなときはこちらの「本棚」を参考にされてみてはいかがでしょうか。

ふたりと1ぴきの引っこし

『カステラアパートのざらめさん』より

小学4年生のこのみが公園でネコをひろってきたから、ペット禁止のアパートにいられなくなった。子どものころ、ひろった子犬を飼うことをゆるしてもらえなかったお母さんは、親になったら、自分の子どもには、そんな悲しい、くやしい気もちにさせたくないと考えていたという。だから、このみとお母さんと、ルルと名づけられたネコは、引っこさなければならない。ふたりと1ぴきの家族は、不動産屋さんのすすめるペット可のアパートをたずねる。

 アパートの前に立ったこのみは、目を見はりました。
 「カステラだ……」
 みどり荘と書かれたそのアパートは、こぢんまりとした四角い建物でした。
 クリーム色のかべに、こげ茶色の平らな屋根のアパートが、このみにはカステラそっくりに見えたのです。

このみのつぶやきを耳にした不動産屋のおじさんが、ふきだしていう。――「ぷはっ、やっぱりそう見えるかい? 近所の子どもらは、みんなここを、カステラアパートってよんでるんだよ。」このみは、一目でそこが気に入った。島村木綿子『カステラアパートのざらめさん』のはじまりだ。
おまけに、アパートの大家のおばあさんは、さらめみどりさんという。このみは、「さらめ」(漢字で書くと「皿目」)を聞きちがえて、「えっ、ざらめ?」と声をあげる。カステラの底についた砂糖のつぶは、ざらめだけれど、このみは、カステラのそれが一番好きなのだ。

カメは万年

不動産屋さんは、大家さんが入居を希望する人に自分で会って、うんといわないと借りられないというから、このみたちは、やってきたのだ。しかし、実際に入居の判断をするのは大家さんのうちのカメで、カメは、ネコのルルと相対することになる。ルルとカメは、おたがいに鼻先をよせあって、しばらく動かない。まるで、ないしょ話をしているようだ。ところが、ルルが突然カメの頭にパンチをお見舞いした。それを見た大家さんは、笑い声をあげていう。――「気に入ったね! 千太郎を遊び相手にしたがるなんて。これは、なかなかおてんばなねこじゃないか。いいよ、うちに引っこしておいで」甲羅一面がコケでおおわれた緑色のカメの名前は、千太郎という。
「わたしは、かめです。/「つるは、千年。かめは、万年。」/つるは長生き、かめはもっと長生き、といういみです。」と語り出されるのは、中澤晶子『ひろしまの満月』だ。
カメは、満月の夜、涙を流しながら、「みのるくん。」といって人間のことばを話すことができるようになった。お寺の池に住んでいたカメを弁当箱に入れて、妹のまつこちゃんの友だちにしようと連れて帰った、中学生のみのるくんが原爆で命を落としたのだ。
そののち、長生きのカメは、だれもいなかった家に引っこしてきたばかりのかえでちゃんに、昔の仲良しのまつこちゃんを重ねて、思い出を語る。読者は、かえでちゃんといっしょに戦争や原爆の話を聞くことになる。カメの語りはどこかユーモラスで、いま、子どもたちに「戦争」を伝える試みとして、ずいぶんすばらしい。

クッキーの屋根、氷砂糖の窓

このみがクラスで一番仲良しのあこちゃんがカステラアパートに遊びに来る。あこちゃんは、「あたし、ずーっと、カステラアパートの中を見てみたかったんだ。」といったあと、急にまじめな顔でいう。――「ここの大家のおばあさんって、なーんか、なぞだよね。魔女じゃないかって、うわさもあるくらいだよ」たしかに、ざらめさんは、千太郎を入れたカゴをさげて、ひとりで道を歩きながら、まるで、だれかがいるみたいに、うなずきながらしゃべっている。ちょっと変わったおばあさんだ。
カステラアパートのざらめさんは、グリム童話の「ヘンゼルとグレーテル」のお菓子の家の魔女のような、こわい存在なのだろうか。矢川澄子・井上洋介の絵本では、魔女の家は、こんなふうにあらわれる。

 ひるごろ、まっしろな ことりが、えだで うたっています。
 あんまり きれいな こえなので、そのあとを おってゆくと、ちいさな うちの まえに でました。
 なんと、パンで できた いえです。
 やねは、クッキーで、まどは こおりざとう!

ヘンゼルが屋根を、グレーテルが窓をかじっていると、不意にドアが開いて、おばあさんが杖にすがって出てくる。――「まあ、かわいい こどもたち。さあ、おはいり。こわいことは ないよ。」

今月ご紹介した本

『カステラアパートのざらめさん』
島村木綿子 作、コマツシンヤ 絵
Gakken、2022年
ざらめさんが、このみに千太郎のことを語る。――「どれくらい生きているかわからないくらい年寄りだから、すごくもの知りだし、どんな生き物とも話せるんだよ。だから、あたしにとって、他の生き物との通やくであり、相談相手でもあるんだ。」ざらめさんは、ひとりごとではなく、千太郎と話していたのだ。「たいしたカメ」の千太郎は、いくつもの問題を解決する。
第30回小川未明文学賞大賞受賞作品。

『ひろしまの満月』
中澤晶子・作、ささめやゆき・絵
小峰書店、2022年
広島に大きな爆弾が落とされて17日め、みのるくんの制服のボタンだけが見つかって、みのるくんは帰らない。この日の満月の夜のことをカメ(まつこちゃんのつけた名前は、まめ)は語った。――「ないたことがないわたしも、なきました。もうこれいじょう、なみだがでないと思ったとき、思わず声がでたのです。/みのるくん。」

絵本・グリム童話
『ヘンゼルとグレーテル』

矢川澄子・再話、井上洋介・絵
教育画劇、2001年
お話は、真夜中のまずしい木こりの夫婦の会話からはじまる。――「おまえさん、あしたは こどもたちを、もりへ つれこんで、おきざりに してしまおう。このままでは、いっか ぜんめつだよ。」眠れなかった、ふたりの子どもは、この継母の声を聞いてしまった。

プロフィール

宮川 健郎 (みやかわ・たけお)

1955年東京生まれ。立教大学文学部日本文学科卒。同大学院修了。現在、武蔵野大学名誉教授。大阪国際児童文学振興財団理事長。日本児童文学学会会長。『現代児童文学の語るもの』(NHKブックス)、『子どもの本のはるなつあきふゆ』(岩崎書店)、『小学生のための文章レッスン みんなに知らせる』(玉川大学出版部)ほか、著書・編著多数。

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