親と子の本棚

あたしにはひみつがある。

子どもには本好きになってほしいけれど、どう選べばよいかわからない……。そんなときはこちらの「本棚」を参考にされてみてはいかがでしょうか。

手紙には何が書いてあるのか

『ロザリーのひみつ指令』より

 あたしにはひみつがある。
 教室のうしろにおいた小さなベンチにすわって、いつもノートを広げてる。そんなあたしを見て、きっとみんなはこう思ってる。ぼんやりお絵かきでもしながら、暗くなるのを待ってるんだよって。

フランスの作家、ティモテ・ド・フォンベル『ロザリーのひみつ指令』の書き出しだ。5歳半の「あたし」は、自分を「ロザリー大尉」と呼ぶ。そして、「この一九一六年秋の朝、ロザリー大尉は敵の分隊に入りこんだ」。
1916年は、第一次世界大戦のさなかである。戦争がはじまってから、おかあさんは軍需工場ではたらき、おとうさんは戦地にいる。校長先生の厚意で、「あたし」は、「あたし」より二つか三つ年上の子どもたちが学ぶ教室にあずけられることになった。校長先生は、腕を1本うしなって戦場からもどった人だ。「敵の分隊」とは、その教室のことなのだが、「ロザリー大尉」にあたえられた任務とは何か。
もう暗くなった校庭で待っていると、仕事に疲れたおかあさんが迎えに来てくれる。おかあさんが「見て!」とポケットから取り出したのは、おとうさんからの手紙だった。家のベッドにいっしょにねそべって、おかあさんが手紙を読んでくれる。――「家に帰ったら、ロザリーを釣りにつれていこうと思ってるんだ。……」でも、「あたし」は聞きたくない。手紙には、ほんとうは何が書いてあるのか。
「あたし」の誕生日に、プレゼントみたいに雪がふる。その夜、「あたし」が眠っていると、窓をたたく音がして、憲兵の声がする。朝、起きてみると、キッチンに青い封筒が一つ。それは、何の手紙なのか。その夜から、何かが大きく変わってしまったのだ。

夜の歌声

鈴木まもるの絵本『戦争をやめた人たち』も、第一次大戦のときの話だ。
ある夜、昼間のドイツ軍との撃ち合いにつかれたイギリスの兵士たちが塹壕で休んでいると、何かが聞こえる。若い兵士が塹壕から顔を出す。

それは、むこうのドイツ軍のざんごうからきこえる歌声でした。
ドイツ語なので、なんといっているのか、わかりません。
でも、そのメロディーはわかります。
クリスマスの歌、「きよし このよる」です。

その晩は、クリスマス・イブだった。イギリスの兵士たちも、「きーよーし こーのよーる……」と歌いはじめて、その声はだんだん大きくなる。つづいて、「もろびと こぞりて」、「みつかい うたいて」、おたがいのことばはちがうけれど、同じメロディーで歌える。
つぎの日、12月25日、クリスマスの朝。ドイツ軍の兵士がひとり、塹壕から両手をあげて顔を出し、銃を持たずに、ゆっくり近づいてくる。イギリス軍の若い兵士も、銃を置いて、両手をあげて塹壕を出た。ふたりは、少しずつ近づいていき、やがて、握手をする。――「メリー・クリスマス」

酒倉の奥のテーブル

安房直子『ハンカチの上の花畑』の郵便配達の良夫さんも、秘密をかかえこむことになる。
昔、「きく屋」という大きな造り酒屋があったのだが、戦争でまる焼けになった。一つだけ残った酒倉あてに手紙が来て、良夫さんは、それを届ける。手紙を受け取った隠居のおばあさんは、長く待っていた息子からのたよりだという。――「あんた、少し休んでいきなさい。いいたよりをとどけてくれたお礼に、とっときのお酒をごちそうするから。」
酒倉の奥の応接間の丸テーブルに、おばあさんは、白いハンカチを広げる。ハンカチのわきに置いたつぼにむかって、歌をうたう。――「出ておいで 出ておいで/菊酒つくりの 小人さん。」すると、つぼの口から細い縄ばしごがおりてきて、小人の家族5人があらわれた。
小人たちは、ハンカチの上に緑の苗を植えはじめ、それは菊の花畑になる。菊の花をみんなつんで、つぼに入れてしまうと、小人たちも、つぼに帰っていく。おばあさんがハンカチに息をふきかけると、菊畑は消えて、つぼには、いいお酒が満ちている。
良夫さんが届けた手紙を読んだおばあさんが、いきなり立ち上がる。息子がすぐ来てほしいといっているというのだ。――「ねえあんた、あたしのるすの間、このつぼをあずかってくれませんかね。」「そのかわりね、菊酒は、いくらのんでもかまわないよ。」小人たちを呼び出して、新しい酒をつくらせていいというのだ。
「ほんとですか!」という良夫さんに、おばあさんは、「これは、幸運のお酒ですからね。これをのんでいると、きっといいことがあります。ただね。」といって、二つのことを約束させる。――「ひとつ、お酒をつくるところは、だれにも見せちゃいけない。つまり、小人のことは、ひみつにしておかなくちゃいけない。」「ふたつ、あの菊酒で、金もうけをしようと考えちゃいけない。」約束をやぶると、たいへんなことが起きるという。
「ロザリー大尉」は、秘密の指令をまっとうしたけれど、良夫さんは、「見てはいけない」といわれた昔話の主人公がタブーを犯してしまうように、秘密を持ちきれなくなるのだ。

今月ご紹介した本

『ロザリーのひみつ指令』
ティモテ・ド・フォンベル[作]、イザベル・アルスノー[絵]、杉田七重[訳]
あかね書房、2022年
2月の晴れた朝。「目の前の霧がぱっと晴れたみたいに、黒板に書かれていることが、すっと頭に入ってきた。/これでもう動くことができる。ぐずぐずしないで、いますぐ動かなきゃ。」「あたし」は、手をあげて、校長先生に忘れ物をとりに家に帰りたいとたのむ。キッチンの高い棚の上の缶を開けて、手紙を読むのだ。

『戦争をやめた人たち…1914年のクリスマス休戦…』
鈴木まもる 文・絵
あすなろ書房、2022年
イギリス軍とドイツ軍は、クリスマスに戦場でサッカーをした。ほんとうにあった話だそうだ。しかし、戦争は、このあと4年間も終わらなかった。それでも、ともにクリスマスを祝った兵士たちは、もう相手を撃つことはせず、命令されると銃を少し上げて、空にむかって撃ったという。

『ハンカチの上の花畑』
安房直子作、岩淵慶造絵
あかね書房、1973年
おばあさんと二つの約束をして、つぼを受け取った良夫さんは、表へ出た。酒倉のとびらが、後ろでばーんと閉まる。外は、まだ夕暮れだ。これが第1章のおしまいで、物語は、第7章までつづく。

プロフィール

宮川 健郎 (みやかわ・たけお)

1955年東京生まれ。立教大学文学部日本文学科卒。同大学院修了。現在、武蔵野大学名誉教授。大阪国際児童文学振興財団理事長。日本児童文学学会会長。『現代児童文学の語るもの』(NHKブックス)、『子どもの本のはるなつあきふゆ』(岩崎書店)、『小学生のための文章レッスン みんなに知らせる』(玉川大学出版部)ほか、著書・編著多数。

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