親と子の本棚

ふたりの発明王

子どもには本好きになってほしいけれど、どう選べばよいかわからない……。そんなときはこちらの「本棚」を参考にされてみてはいかがでしょうか。

海のなみのように

『二コラ・テスラものがたり “電気の魔術師”とよばれた男』より

アザデー・ウェスターガードフリア・サルダ『ニコラ・テスラものがたり “電気の魔術師”とよばれた男』は、ラジオや交流電動モーターなどの発明家の伝記絵本だ。
ニコラ・テスラの物語は、1856年、スミリャン(現在のクロアチアにある山村)での彼の誕生からはじまる。3歳のとき、ネコの背中をなでたら静電気が起きてびっくりして、電気のふしぎについて考えるようになった話や、農場のハトやガチョウのように飛びたいと思って、古いかさを広げて納屋の屋根から飛びおりた話が語られる。幼いころの「発明」のことも。カエルをつかまえる金属のかぎばり、窓ガラスをこなごなにする空気鉄砲、コガネムシのはばたきを動力にした回転モーター……。
本も、たくさん読んだ。学校では、文学や科学、数学が得意だった。おとうさんは、自分のあとをついで司祭になってほしいと願っていた。だが、ニコラが17歳のとき、重病にかかって、もう助からないのではないかと心配したおとうさんは、よくなったら、何でも好きな勉強をしていいとニコラに約束した。ニコラは、大学に進学して、電気工学を学ぶことになる。
26歳、友だちと散歩しているとき、何年も解けなかった科学の問題の答えが突然ひらめく。大学の先生が「答えはない」といっていた問題だ。

ニコラの頭には、くっきりと絵がうかびました。
モーターから電線をとおして電気をおくる――
前におくったら、次はうしろに。前へ、うしろへと、かわるがわるおくる。
まるで、おわることなく、よせてはひいていく海のなみのように。
遠くまで電気をおくる、新しい方法の発見でした。

ニコラは、この発明が世界を動かすにちがいないと思う。そして、この発明の大切さがわかる人はひとりしかいないと考えて、アメリカへとわたったのだ。

直流と交流

ニューヨークにたどりついたニコラのポケットに入っていたのは、電球を発明した、9歳年上のトーマス・エジソンへの紹介状だった。ところが……。「ニコラとエジソンが、いっしょにはたらいたのは、みじかいあいだでした。ふたりは、あらゆること――とりわけ、これからの電気のありかたについて、意見があわなかったのです。」――ニコラは、エジソンのもとを去って、自分で会社をつくる。
ふたりの対立について、巻末の「作者あとがき」には、こう書かれている。――「エジソンの電気装置は画期的なものでしたが、大きな欠点もありました。一方向だけに流れる直流電流は、送電線を流れるにつれて放散し、弱くなってしまうのです。そのため送電の距離がかぎられます。(中略)/テスラは、自分が考案した交流電流による装置が、エジソンの直流を使う送電の限界をこえられると信じていました。交流電流は送電線を通ってもエネルギーを失うことはありません。」
「作者あとがき」によれば、エジソンは、交流を使うのは実用的ではなく、危険であるとした。エジソンは、交流電流に対する攻撃的なキャンペーンさえしたというのだ。
私は、小学生のころ、エジソンの伝記を読んだ。子どものエジソンが、わらの上にうずくまって、ガチョウのたまごを自分であたためようとしたエピソードなどを今もおぼえている。その伝記に、ニコラ・テスラは登場していただろうか。60年近くも前に読んだ本は、もう手もとにない。地域の図書館の児童書の棚にあるエジソンの伝記7冊ほどを調べたが、ニコラ・テスラが出てくるのは、3冊だった。
そのうちの1冊、桜井信夫文の『エジソン』には、ニコラとの仲たがいから、ずいぶんあとのことが書かれている。1915年、大新聞『ニューヨーク・タイムズ』が「エジソンとテスラ、ノーベル物理学賞共同受賞か」と書き立てた。しかし、このときは、別の人に贈賞されたという。

なぜなのか。テスラがエジソンをきらって、共同受賞をことわったためだともいわれています。ほんとうのところはわかりません。
 まぼろしのノーベル賞となりました。

青い照明

ニコラは、有力なビジネスマン、ジョージ・ウェスティングハウスと手を組み、電源システムを開発して、1893年のシカゴ世界万国博覧会で披露する。会場で、アメリカの大統領が金色のボタンを押すと、歴史上はじめて、10万個以上の電球がともったのだ。
ここで思い出すのは、宮沢賢治が生前唯一刊行した詩集(賢治は心象スケッチという)『春と修羅』(1924年)の序だ。

わたくしという現象は/仮定された有機交流電燈の/ひとつの青い照明です

北川幸比古責任編集『宮澤賢治詩集 永訣の朝』には脚注がある。――「有機交流電燈=造語。生命があり、直流ではない交流の電燈があるとして、その青い照明が私なのだという象徴的な表現。」26歳のニコラ・テスラの頭にうかんだ「よせてはひいていく海のなみ」は、宮沢賢治にまでおよんだようだ。

今月ご紹介した本

『二コラ・テスラものがたり “電気の魔術師”とよばれた男』
アザデー・ウェスタ―ガード 文、フリア・サルダ 絵、大山 泉 訳
評論社、2023年
シカゴの万国博では大成功したけれど、ウェスティングハウスの会社は破産寸前になっていた。ニコラは、自分の発明の権利をみんなウェスティングハウスにゆずって、すべてをなくす。絵本は、その後のニコラと彼の死までを描く。

ポプラポケット文庫
『子どもの伝記➉ エジソン』

文 桜井信夫
ポプラ社、2009年
巻末には、40ページにわたる「エジソンものしりガイド」がある。エジソンは、3000以上の発明をしたという。

美しい日本の詩歌⑪
『宮澤賢治詩集 永訣の朝』

責任編集=北川幸比古、画=作宮 隆
岩崎書店、1996年
賢治の代表的な詩50編ほどを収める。
この本は、現在、手に入らない。図書館でさがしてください。

プロフィール

宮川 健郎 (みやかわ・たけお)

1955年東京生まれ。立教大学文学部日本文学科卒。同大学院修了。現在、武蔵野大学名誉教授。大阪国際児童文学振興財団理事長。日本児童文学学会会長。『現代児童文学の語るもの』(NHKブックス)、『子どもの本のはるなつあきふゆ』(岩崎書店)、『小学生のための文章レッスン みんなに知らせる』(玉川大学出版部)ほか、著書・編著多数。

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