親と子の本棚

オノマトペの力とステキな回文

子どもには本好きになってほしいけれど、どう選べばよいかわからない……。そんなときはこちらの「本棚」を参考にされてみてはいかがでしょうか。

白いドレスの大きな赤いしみ

『おきにいりのしろいドレスをきてレストランにいきました』より

渡辺朋・高畠那生の絵本『おきにいりのしろいドレスをきてレストランにいきました』の表紙には、白いワンピースを着た女の子が赤いとびらのレストランに近づいたところが描かれている。その赤いとびらを開けるように表紙をめくり、見返しもめくると、本のとびらでは、女の子はもう白いクロスのかけられたテーブルについていて、オムライスのお皿を前にして、うれしそうだ。となりには、おとうさん、そのとなりには赤ちゃんが腰かけている。後ろ姿は、おかあさんだろう。
本のとびらを開くと、見開きいっぱいに、広いレストランの中のようすが描かれている。真ん中に、女の子たちのテーブルがある。「あっ! ぽとっ」、女の子は、スプーンですくったオムライスを白いドレスに落としてしまった。
つぎの見開きでは、女の子が大きく描かれる。「ががががーん」。白いドレスに真っ赤なケチャップの大きなしみができて、女の子は、あおざめている。
そのつぎの見開きでは、おかあさんが大きく口を開けてびっくりしている。「げげげげーん」。おとうさんもだ。
女の子の驚愕と残念無念が、まわりにも、つぎつぎと影響をおよぼして、絵本は、とてつもない展開をしていく。

擬声語の描写力

「あっ! ぽとっ」「ががががーん」「げげげげーん」……、『おきにいりのしろいドレスをきてレストランにいきました』という絵本のことばは、ほぼ擬声語だけだ。
「擬声語」を辞書で引くと、「音やこえをまねて作ったことば。擬音語。」(『三省堂国語辞典』第七版)と書いてある。擬声語は、もとの音や声を思い出させるから、真にせまった生々しい描写力がある。たとえば、「ドブン」というと、前後に何も説明がなくても、だれかが水に飛び込んだのかなとか、大きな石が池にでも投げ込まれたのかなと思う。それは、「ドブン」という音から、すぐに情景を想像できるからだ。この絵本の絵も、擬声語の力によって引き出されていったのだろう。
擬声語と擬態語(「身ぶりや状態をそれらしくあらわしたことば。」前掲辞典)の二つをあわせてオノマトペというけれど、オノマトペにあふれているのが宮沢賢治の童話だ。つぎは、「やまなし」の「一、五月」の書き出し。

 二ひきのかにのこどもらが青じろい水の底ではなしていました。
「クラムボンはわらったよ。」
「クラムボンはかぷかぷわらったよ。」
「クラムボンははねてわらったよ。」
「クラムボンはかぷかぷわらったよ。」
 上の方やよこの方は、青くくらく鋼のように見えます。そのなめらかなてんじょうを、つぶつぶくらいあわがながれてゆきます。

「かぷかぷ」や「つぶつぶ」は、聞きなれないけれども、オノマトペだろう。わからないのは、「クラムボン」だ。上記の本文を引用した、岩崎書店版『宮沢賢治のおはなし』の『やまなし/いちょうの実』には、脚注がついている。――「●クラムボン 宮沢賢治がつくったことば。なにのことかは、わかっていない。「かに」「プランクトン」「アメンボ」「水のあわ」などいろいろな意見がある。」
たしかに、「クラムボン」が何なのかは、五月と十二月の小さな谷川の底を映した二枚の青い幻燈で構成された「やまなし」という作品をすみずみまで読んでも、なぞのままだ。ただ、「クラムボン」が「かぷかぷ」笑うものであることはわかる。「クラムボン」がなぞであることもあって、「かぷかぷ」という笑い声(擬声語)なのか、笑うようすが「かぷかぷ」(擬態語)なのか、はっきりしない。それでも、「かぷかぷ」と声に出していうと、何だか口がおもしろい。

さかさまから読んでも

『おきにいりのしろいドレスをきてレストランにいきました』や「やまなし」にはオノマトペの力を感じるが、新井爽月『なかまカナ?』も、ことばの本だ。
新学期。「ぼく」たちの4年2組に転校生がやってきた。それも、アメリカからの転校生だ。やけに背が高くて、こんがりした茶色の肌の男の子があいさつする。

「ハーイ! みなさん、コンニチワ。わたしは、武藤トムです。わたし、これからみなさんといっしょです。あーーー。わたし、みなさんといっしょ、べんきょうする? そう、べんきょうします。はい、ドーモありがと。よろしくしろよ

「よろしくしろよ!」「よく きくよ!」「まさか さかさま!」――トムは、さかさまから読んでも同じ回文が大好きで、しばしば思いついてはさけぶ。トムの愛読する日本の忍者マンガに回文がいっぱい出てくるというのだ。
物語はたくさんの回文をふくみながら進むが、物語のおしまい近くになって、トムがいう。――「わたしのスキは、さかさまにしても同じということ。どっちもせいかい。どっちもオーケー。それはとてもステキ。わたしすごくイイ気分」

今月ご紹介した本

『おきにいりのしろいドレスをきてレストランにいきました』
渡辺 朋 作、高畠那生 絵
童心社、2023年
「ぞぞぞぞーん」「ぶぶぶぶーん」……、絵本には、つぎつぎと擬声語が出てくる。第10回絵本テキスト大賞受賞作。

宮沢賢治のおはなし
『やまなし/いちょうの実』

宮沢賢治・作、川村みづえ・絵
岩崎書店、2004年
「やまなし」は、光村図書版の6年生の国語教科書に長く掲載されている。

『なかまカナ?』
作 新井爽月、絵 浅沼とおる
フレーベル館、2023年
転校生のトムは、アメリカ人のおとうさんと日本人のおかあさんのあいだに生まれたダブルだが、両親が離婚して日本に来たという。武藤トム(むとうとむ)と「ぼく」=栗田陸(くりたりく)、「池ちゃん」=池田圭(いけだけい)の3人は、名前が回文のトリオになる。人見知りするタイプの「ぼく」も、ちっとも、ものおじしないトムと仲良くなっていく。

プロフィール

宮川 健郎 (みやかわ・たけお)

1955年東京生まれ。立教大学文学部日本文学科卒。同大学院修了。現在、武蔵野大学名誉教授。大阪国際児童文学振興財団理事長。日本児童文学学会会長。『現代児童文学の語るもの』(NHKブックス)、『子どもの本のはるなつあきふゆ』(岩崎書店)、『小学生のための文章レッスン みんなに知らせる』(玉川大学出版部)ほか、著書・編著多数。

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